日記・コラム・つぶやき

2018年8月 6日 (月)

≪漢詩鑑賞≫王昭君(白楽天)

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王昭君は、漢の元帝の時の宮女で、中国四大美女の一人と称されている。
元帝は、宮廷画家に宮女たちの肖像画を描かせ、その中から気に入った者を寵愛した。
そこで、宮女たちは賄賂を贈り、美しく描かせようしたが、王昭君だけは贈らなかった。
そのため、絶世の美女でありながら醜女に描かれ、その政略結婚の犠牲として匈奴の王に嫁がせた。
別れの挨拶に進み出た王昭君を見て、元帝は大いに悔やみその後、その画家を殺したという。
この詩は、匈奴に嫁がされた、王昭君の悲しみに沈むさまを詠った白居易17歳の時の作である。
正に、早熟の天才である。
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王昭君
滿面胡沙満鬢風  
面に満つる胡沙(こさ)鬢(びん)に満つる風
眉銷殘黛臉銷紅  
眉は残黛(ざんたい)銷(き)え臉(かお)は紅銷ゆ
愁苦辛勤顦顇盡  
愁苦(しゅうく)辛勤(しんぎん)して顦顇(しょうすい)し尽くれば
如今却似盡圖中  
如今(いま)ぞ却(かえ)って画図の中に似たり
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漢を離れてはるばる来たえびす(胡)の地、顔は沙漠(沙)の塵にまみれ、ほつれた鬢(顔の左右側面の髪)は風に流れる
美しい眉をえがいたうすずみ(殘黛)も、豊かなほお(臉)にさした紅も、いつしか色あせた(銷ゆ)
悲しみ(愁苦)、苦しみ(辛勤)の為、げっそりとやせ衰えて(顦顇)しまい
今の私の姿は、皮肉にもあの醜婦の肖像画そのものになってしまっている
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2018年6月11日 (月)

「権力との距離感」を模索する是枝監督

◆文科大臣の祝意を断った
是枝監督が、林文科大臣の「文科省で祝意を伝えたい」という打診を断ったことが、話題になっている。
断った理由は、「権力との距離感を保つ」という事らしい。
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◆是枝氏は、素晴らしい映画監督である
私は、未だ『万引き家族』は観ていない。
だが、その他の是枝監督作品は面白く、深い感銘をもって観た。
特に、綾瀬はるか・廣瀬すずら4姉妹の映画は、映画芸術としても良かった。
どれも素晴らしい映画である。
是枝氏は、日本が誇るべき映画監督である。
と思うし、その評価は変わらない。
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◆断った意味は?
文科大臣の祝意を断ったというから少しばかり衝撃である。
今朝、東京MXテレビで,26歳の若い社長が、「(是枝氏の反権力思想は)物足りない」「行動が大事」と批判していた。
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◆反権力と、権力と距離を置くの違い
さらに、この若者は、「拉致問題の原因を作ったのは、戦前の植民地支配にある」「拉致被害者を返せという前に、日本は謝罪し賠償すべきだ」「それが、拉致問題を解決すべき道筋だ」と、全くの間違った歴史認識を臆面もなく晒していた。
しかし、反権力と、権力と距離を置くことは違う。
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是枝監督の意思である
この若者が、「それが拉致被害者の為になる」と、躊躇いもなく言い切っていた。私は、電波を使ってこんな酷い発言をさせることに驚いた。
是枝監督に話を戻す。
映画作りには、文化庁の予算をもらっている事もあり、是枝監督の「拒絶」にはネットで賛否両論があるようだ。
しかし、私は、「拒絶」は是枝監督の意思であり、批判される筋合いではないと思う。
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◆映画人・是枝監督の意思を支持する
是枝監督の意思は、「権力との距離感を保つ」ということである。
それは、一部の反自民勢力が求める「反権力」とは異なる。
権力に対抗するでもなく、権力に阿ることでもない映画人・是枝氏の自由意志である。
私は、それは素晴らしい事だと思う。
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2018年6月 4日 (月)

≪漢詩鑑賞≫楓橋夜泊(張継)

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楓橋夜泊(ふうきょうやはく)
この詩は、私が最も好きな詩の一つである。
作者の張継は、政治に明るく郡を治めてた時には、立派な政治家として名声があったという。
政治と文学が一体となっているのが中国史における偉人の特徴であり、それは、私の最も尊敬するところである。
◆「楓橋」(ふうきょう)は、江蘇州の西郊、楓江にかけられた橋。
交通の要衝でもあり、名称の地として知られる。
◆「胡蘇」(こそ)は、春秋時代(前770~403)の呉の都。
◆寒山寺(かんざんじ)は、楓橋に近い所にある寺。
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2018年6月 1日 (金)

≪漢詩鑑賞≫漁翁(柳宗元)

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作者の柳宗元(りゅうそうげん)は、中唐の詩人。
都長安に生まれ育った。
少年時代から神童の誉れ高く、21歳の若さで進士に及第した秀才である。
この詩は、大自然の中に溶け込み大、自然になり切ったような漁翁の暮らしを詠みあげている。
左遷時代の作品である。
漁翁夜西巌に傍(そ)うて宿し
暁に清湘(せいしょう)に汲み楚竹を然(た)
(もや)(き)え日出でて人を見ず
欸乃(あいだい)一聲(いっせい)山水緑なり
天際を廻看(かいかん)して中流を下れば
巌上(がんじょう)無心雲相い遂(お)
漁夫のおやじは西岸の岩のもとに舟をとめて夜を過ごし
夜の明ける暁に、清らかな湘水(しょうすい)の水を汲み楚の竹を燃やして朝餉(あさげ)おしたくをする。
えいおうと舟をこぐかけ声が一つ響けば、山も水も緑に染まる。
はるか水平線のかなたを振り返り(廻看)つつ川の中ほどをこぎ下がれば
昨夜舟をとめたと岩の上のあたりに、無心の雲がたがいに先になり後になりつつながれていく。
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2018年5月21日 (月)

≪漢詩鑑賞≫飲酒(陶淵明)

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2018年5月16日 (水)

≪漢詩鑑賞≫黄鶴楼(崔顥)

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作者は、盛唐の詩人。
この詩は李白も絶賛したもので、李白は黄鶴楼に登ったが、これ以上の詩はできない、と作らなかった。
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昔人已に黄鶴に乗りて去り
此の地空しく余す黄鶴楼
黄鶴一たび去って復た返らず
白雲千載空しく悠悠
晴川歴歴たり漢陽の樹
芳草萋萋(せいせい)たり鸚鵡州(おうむしゅう)
日暮郷關(きょうかん)何れの処か是なる
煙波江上人をして愁えしむ
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昔の伝説の中の仙人は黄色い鶴に乗って去ってしまい
今、この地には、その伝説を伝える黄鶴楼だけが取り残されている
黄鶴は仙人を乗せて、一たび去ったらもう再び返ってくることはない
ただ白雲だけが千年(千載)の昔も今も変わらぬ姿で悠悠と浮かんでいる
晴れわたった揚子江の向こう岸には、くっきり(歴歴)と漢陽の街の木々が見える
揚子江の中州には芳しい花の咲く草がおおい茂って(萋萋)いる、あそこは後漢の文人禰衡にちなむ鸚鵡州
昔をしのぶうちにやがてたそがれて、ふと我が故郷は、と見やれば
川面に夕靄がたちこめ(煙波)、望郷のうれいは胸をひたす
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2018年5月 3日 (木)

≪漢詩鑑賞≫山居秋瞑(王維)

王維の名作中の名作。
山居秋瞑(さんきょしゅうめい)は、山荘の秋の夕暮れを表現している。
絵画的な世界をイメージする名作である。
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空山新雨の後
天気晩来秋なり
明月松間に照る
清泉石上に流る
竹喧しくして浣女帰り
蓮動いて漁舟下る
随意なり春芳の歇(や)むこと
王孫自ら留まる可し
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秋の静かなもの寂しい山に、サアーッと雨が上がり
雨上がりのあと、澄んだ気配は夕暮れにいよいよ清らかに、秋らしくなる
松の葉ごしに照る月の光
石の上をサラサラ流れる清らかな泉の流れ
竹林の向こうに何やらにぎやかに話し声が聞こえて浣女(川で洗濯する娘)が帰ってゆき
入江の蓮が動いて、漁舟が川を下ってゆく
春の花は勝手に散って散ってしまうがよい
王孫は春の草花が枯れ尽きようと、そんなことにかまわずここに留まるだろう
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2018年4月16日 (月)

≪漢詩鑑賞≫虞美人草(曹鞏)

紀元前210年、始皇帝の死後、各地で蜂起した。
やがて勢力は、項羽と劉邦の二大勢力に集約された。
咸陽に入った劉邦を追って、項羽は鴻門に陣した。
圧倒的優勢を誇る項羽の前に、劉邦は参謀の趙良を残して脱出する。
項羽の智臣、范増は、玉斗を投げて嘆く。
それから4年、形勢は逆転する。
追われる項羽は、四面楚歌の中、虞姫と自作の詩を歌い合った。
最後は、従者百人余で、もはやこれまでと観念した項羽は自害し、虞姫の後を追うのである。
この詩は、詠史詩であるため、背景を知って鑑賞すると、尚更、栄枯盛衰、悠久の歴史が感じられる。
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虞美人草 (作者:曹鞏そうきょう・北宋)
鴻門の玉斗粉(ふん)として雪の如し
十万の降兵(こうへい)夜血を流す
咸陽(かんよう)の宮殿三月紅なり
覇業已に煙燼(えんじん)に随いて滅ぶ
剛強なるは必ず死し仁義なるは王たり
陰陵(いんりょう)に道を失いしは天の亡ぼせるに非ず
英雄本学ぶ万人の敵
何ぞ用いん屑屑(せつせつ)として紅粧(こうしょう)を悲しむを
三軍散じ尽きて旌旗(せいき)倒れ
玉帳(ぎょくちょう)の佳人座中に老ゆ
香魂(こうこん)夜剣光を遂いて飛び
青血(せいけつ)化して原上の草となる
芳心寂寞寒枝に寄る
旧曲聞こえ来たりて眉を斂むるに似たり
哀怨徘徊愁えて語らず
恰(あたか)も初めて楚歌を聴ける時の如し
滔滔(とうとう)たる逝水近古に流る
漢楚の興亡両(ふた)つながら丘土(きゅうど)
当年の遺事久しく空と成る
樽前に慷概(こうがい)して誰が為にか舞わん
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2018年4月 3日 (火)

≪漢詩鑑賞≫杜甫の代表的な絶句

五言絶句は、漢詩の定型詩の中では最も短い詩である。
それ故、「起承転結」の構成法が多い。
絶句と云えば李白、律詩と云えば杜甫が有名だが、ここでは杜甫の五言絶句を鑑賞したい。
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江碧にして鳥逾(いよいよ)白く
山青くして花燃えんと欲す
今春看(みすみす)又過ぐ
何れのに日か是れ帰年ならん
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青く澄む川、白い水鳥
青々とした山、真っ赤な花
見る間に春が過ぎていく
故郷へ帰れるのはいつだろう
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2018年3月24日 (土)

≪漢詩鑑賞≫烏江亭に題す(杜牧)

垓下の戦いで、漢の劉邦と戦って敗れた楚の項羽が、壮絶な最期を遂げた渡し場。
それが、烏江亭である。
歴史の事実を、もし・・・あの時こうだったらという空想を楽しむことがある。
戦いの勝敗は、ちょっとした偶然の積み重ねで起こることが多い。
烏江の亭長は、長江を渡って再起を計る事を勧める。
しかし、項羽は、征西の時に連れて来た江東の子弟八千人をすべて戦死させた。
父兄に合わせる顔がない、と言って自刃した。
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烏江亭に題す (杜牧)
勝敗兵家事不期  勝敗は兵家も事期せず
包羞忍恥是男子  羞を包み恥を忍ぶは是れ男子
江東子弟多才俊  江東の子弟才俊多し
捲土重来未可知  捲土重来未だ知るべからず
・・・・・・
戦の勝敗の行方は、戦略家(孫子の兵法)でさえも、予測がつかない。
恥を忍び、肩身の狭い思いに耐え、再起を計ってこそ真の男子と言えよう。
項羽の本拠地である江東の若者たちには、すぐれた人物が多いというから、
もし江東の地に力をたくわえて、地面を巻き上げるような勢いで、再び攻め上ったら(捲土重来)、その結果はどうなっていたかわからない。
 

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