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2019年11月 1日 (金)

歴史とは?

現在、『中国古代史』(渡辺精一著)を読んでいる。

『史記』は司馬遷によって著されたのである。

神話・伝説の時代から、始まる。

聖王の時代(黄帝・顓頊・帝嚳‣堯・舜)~夏王朝(兎‣啓‣桀など)~殷王朝(湯王・伊尹・太甲など)から周王朝(文王と武王など)に至っている。

歴史とは何か?を考える場合、「歴史書」とは何か?を考えなければならない。

勿論、歴史と歴史書は同義語ではない。

「歴史書」とは、小林秀雄風に言えば、ノンフィクションと呼ばれるフイクションであろう。

即ち、『古事記』であろうが、『日本書紀』であろうが、天皇政権にとって「不都合なこと」は現代の政治と同じように≪隠蔽≫したであろう。

天才的な大文学者によって書かれたフィクションの中にこそ、現実を超える≪この世の真実・人生の真実≫が表現され、宿る。(小林秀雄)という言葉が、説得力を持つのである。

「行間を読む」という高度な読書術がある。

前漢の時代に生きた司馬遷において、歴史記述のあり方が「正史」と呼ばれる所以は、「ノンフィクションと呼ばれるフイクションである」ことが謂えるのではないか。

真実を何処まで書くか?

司馬遷においても、儒家の思想と、権力者の思惑、ギリギリの攻防があった筈だ。

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