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2019年9月

2019年9月30日 (月)

風評被害から、「独居老人」を守れ!

◆マンション管理組合

「耐震診断=耐震補強工事の是非」について、マンション管理組合の臨時総会が開かれた。

地震大国の日本としては、関心の高い議題だ。

耐震診断=耐震補強工事やる派の「趣旨説明」では、次のように書いてある。

「旧耐震基準」のマンションでは、「大地震発生時強度不足大きな被害人命にも関わる災害の懸念があります」

さらに、「今後30年以内に震度6弱以上大地震の発生・・・」という漠然とした内容だ。

地震の悪戯な「危機感」を煽る、内容である。

◆耐震診断=耐震補強工事は、必要ない

因みに、私は「必要無し派」である。

第一の理由は、マンション全体の配管工事をやったばかり。大規模修繕積立金は底をついている。

第二の理由は、東日本大震災の被害の9割以上は、津波によるもの。分譲マンションでの「倒壊」はゼロだった。

1棟の「大破」も、軟弱地盤の基礎杭が原因である。

従って、「大きな被害と人命にも関わる」ことは分譲マンションに関しては考えにくい。

結局、結論は「3・11の被害状況」を見れば一目瞭然だ。

マンションは、「倒壊」も「大破」も心配ない!

ということで、「耐震診断=耐震補強工事の必要無し」という私の主張通りに、落ち着いた。

◆高齢者の杞憂(きゆう)

その後、暫くして、ある90歳過ぎた独居老人が、私に心配顔で尋ねた。

「このマンションは、大地震が来ても大丈夫?倒れない?」

正に、中国の杞の国の人が「空が落ちる」と心配したような、取り越し苦労だ。

だが、「高齢者の心配」は笑える話ではない。

総会の時、データを基に、説明した筈だ。

しかし、困ったことに、ご高齢の老人にとっては、「新耐震も旧耐震も、マグニチュードも震度も、確認申請も、建築の構造も・・・」、難しいことは理解できないのが現実である。

家族など身内で、信頼できる人が、一言「大丈夫」と言えば済む話だが・・・。

◆日本の建築技術は優れている!

そこで、私は、「小難しい説明」を反省して・・・、次の様に言った。

「大丈夫!絶対にこのマンションは、倒れない!」

と、そして続けて行った。

私の事(説明)は、信用できなくても、日本の建築技術は凄いから、信頼していい!

結局、老人にとって、、地震のニュース・話題は、全てがネガテイブなものが多い。

「危機感」を募らせる「風評」になってしまっているのである。

◆何故「風評」が起こるのか?

私は、反省をした。

と同時に、何故・・・根拠のない「風評」は起こるのか?

しばらく考えた。

その内、其れも脳裏から離れた。

昨日から、ラグビー(日本がアイルランドに勝利した)の話題が多い。

俄かフアンだが、感動したネエ。

試合内容も凄いが、試合が終わると、ノーサイド!

という事で、選手もサポーターも、お互いに戦った相手を尊敬し、称え合う姿は素晴らしい。

◆武士道の国

正に、ラグビーは、紳士がやるラフ(野蛮)なスポーツ、と言われる所以である。

武士道と騎士道の国らしい。

ところで、韓国だが・・・相変らず。酷いネエ。

来年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、「汚染地図」を発表したりして、反日デマ宣伝に妄動‣妄進中。

つくづく品の無い国である。

昨日、NHKを観ていたら、元外務省官僚の藪中氏が、盛んに韓国寄りの発言をしていた。

こんな人が外務省のトップにいたなんて考えられない。

◆風評被害に遭い続ける福島県

今でも福島県の水産物は、「厳密な検査を受けていて全く安全である」にも関わらず、韓国では「禁輸」措置にしている。

その上、来年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、「日本は原発汚染国」の「キャンペーン」を世界中に垂れ流してる。

何彼と難癖をつけている。

勿論、「原発汚染」には何の科学的根拠もない。

福島県産の果物は、スーパーなどでは2~3割程度、安値である。

私は、値段はどうであれ、福島県産のくだものは、美味しいので絶対に買う。

ハッキリしているのは、福島県が「風評」被害者で、韓国は「風評」加害者だ。

◆日本側の責任

考えてみると、「風評被害」の原因は、韓国だけでなく、(マスコミも含めて)日本側にもある。

小泉環境大臣もそうだ。

「汚染水(=浄化水)」を海に流すしかない」と発言した原田前大臣を批判して、「漁民お気持ちに寄り添う」というだけ。

何が寄り添うだ。大臣は、「寄り添う」のが仕事ではない。

「原発汚染」というと、それだけで「思考停止」になるのでは、「韓国並のレベル」である。

◆風評の最大の被害者は、独居老人だ!

小泉進次郎には、ガッカリだね。

政治家ではなく、(責任の問われない)芸能人になったら良いかもネ?

原田前大臣は、「海に、希釈して流すしかない」というのは、その通りである。

全く正しい判断である。

「風評」を恐れて、「先送り」するしかないのでは、ますます「風評」は拡散するだけだ。

「風評」によって取り残されるのは、被害者になりやすいのは、前述したような「独居老人」なのである。

マスコミも、政治家も、ご高齢の独居老人に対しては、格別の配慮を示すべきである。

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2019年9月22日 (日)

法治主義とは?

◆法治主義という言葉

この言葉(法治主義)の意味するところは、何か?

「解釈」次第で、どうとでもなるようだ。

「法律万能」という言葉も、同様の意味で誤解されやすい。

いずれにせよ、「法治主義」には落とし穴がある。

◆表現の不自由展なる「不快な展示」

少し前に、名古屋市の「(芸術)表現の不自由展」が展示中止になった問題があった。

河村市長が、「昭和天皇の写真焼却、慰安婦少女像の設置」に対して、不快感を露わにした。

(どうに見ても、あんなものは「芸術」などではない、ただ~不快なだけだ)

しかし、愛知県の大村知事は、「憲法違反」を口にし、河村発言を批判した。

◆何故、憲法学者が?

数日後、テレ朝のモーニングショーに、某憲法学者が出演し「(河村発言は)憲法違反」であることを再三強調した。

玉川徹氏は、「河村さんは、憲法を勉強し直せ!」と偉そうに吼えていた。

憲法は、「最高法規」であることは認めるが、しかし、憲法は、芸術などの上位にはない。

河村氏は、「あんなものは、芸術ではない!偏向しており、不快なだけだ!」と言っているだけである。

◆憲法学者の越権行為

それは、河村氏の「芸術観」であって、発言は一つの「芸術論」である。

芸術論に対しては、芸術論として「対抗」すべきなのに、何故、「憲法学者」如きが、出演するのか?

憲法学者が「憲法違反」とするのは、越権行為であり、間違いである。

芸術論に対して、それを断罪するに「最高法規である憲法解釈」を持ち出す」のは、憲法学者の傲慢である。と思う。

◆自由主義陣営の共通価値観

話は変わるが・・・。

麻生太郎さんが外務大臣の頃だったと思う。

中国共産党の一党独裁国家による海洋進出が、周辺国への現実的脅威となっていた頃である。

これに対抗して、自由主義陣営による中国包囲網(=孤)を主張していた。

その共通「価値観」となったのが、①自由、②人権、③民主主義、④法治主義、という「四つの価値観」である。

◆共産党無謬性、法治主義が無い

これは実に、わかり易い「対比」で、中国共産党政権には、自由、人権というものが、無い。

また、民主主義に対比されるは、「全体主義」である。

最後の法治主義に対比されるのは、「人治主義」という風に言われた。

しかし、これは共産党の理屈を以てすれば、「共産党の指導」が常に上位にある。

という「共産党無謬性」の思想である。

◆徳治主義

中国では、「徳治主義」が「法治主義」に優る、という考えが昔からあり、孔子の『論語』には、次の件がある。

子曰、道之以政、齊之以刑、民免而無恥。

道之以徳、齊之以禮、有恥且格。(為政編ー理想の政治より)

子の曰わく、これを道(みち)びくに政(まつりごと)を以てし、これを齊(ととの)うるに刑(けい)を以てすれば、民免(まぬか)れて恥ずる為し。

これを道(みち)びくに徳(とく)を以てし、これを齊(ととの)うるに禮(れい)を以てすれば、恥ずる有りてかつ格(ただ)し。

意味は、「法律・政令によって指導し、刑罰によって取り締まりを行なうならば、人民は刑罰さえまぬがれれば、なにをしようと恥とは思わないようになる。

道徳によって指導し、礼によって取り締まるならば、人民は恥をかいてはいけないと、しぜんに正しい道にたちかえることでしょう。」(貝塚茂樹著『論語」より)

◆理想の政治とは?

孔子の「徳治主義」は、「法治主義」(=例えば秦帝国の徹底した法治主義)に対抗して、永く中国王朝の政治哲学(=儒教)として影響を及ぼした。

この「徳治主義」を、現代の中国共産党国家に当てはめるならば、次の様になる。

即ち、共産党指導部こそが「最高の徳」をもった為政者(共産党の無謬性という)である、という彼らなりの理屈が成り立つ。

即ち、「徳治主義」=「人治主義」と解釈され、何ら恥じる事はないという思いであろう。

実に傲慢である。

 

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2019年9月18日 (水)

安全な「汚染水」は、希釈して、海に放流しても良いではないか!

◆松井氏、小泉氏を批判し、福島へ助け舟

大阪府の松井一郎知事は、福島の貯蔵タンクに溜まった「汚染水」について、次の様に言った。

「安全基準以下のものは、大阪湾で引き受ける」

これは極めて、科学的にも、道徳的にも、正しいことで、常識的な考えである。

希釈して、広い太洋に流せば、何の問題も無い。

さらに、松井氏は、「小泉進次郎大臣のブレ」「ポピュリズム」を痛烈に批判している。

◆前環境大臣の発言が発端?

事の発端は、福島の汚染水については、前環境大臣が「海に、希釈して放流するしかない」と言った発言のようだ。

それに、地元の漁協が「反発」した。

それに応じて、小泉進次郎氏が、直ちに前大臣の発言を「不用意発言」「(私は)地元に寄り添う」として批判した。

韓国などの「輸入制限」「風評被害」に喘いでいる地元漁協が「反発」するのは気持ちとしてわかる。

福島の人は、「風評」被害者である。

だが、小泉氏は政治家であって被害者ではない。

◆「被害者に寄り添う」人は、天皇陛下である

「被害者に寄り添う」人、そういう人は、肉親以外では天皇陛下だけある。

政治家の仕事は、「寄り添う」ことではない。

その点で、小泉氏は勘違いをしておられるようだ。

前環境大臣の「海に放流する」しか他に方法はない、という発言は「現実」である。しかも、それで、何の問題も無いのである。

それを「批判」し、「福島の人に寄り添う」という進次郎氏の発言は、環境大臣としては「現実逃避」としか言いようがない。

◆松井知事の勇気ある発言

今回の松井知事の発言には、そのような文脈があったのである。

政治家がやるべきことは、韓国の「反日風評」攻撃には毅然として真実を述べる。

一方、福島の漁協の関係者に対しては、真実を以て説得に心掛けるべきである。

再び言う。

松井知事の発言は、科学的にも、道徳的にも正しい。

勇気ある発言である。

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2019年9月15日 (日)

≪漢詩鑑賞≫漱石の漢詩(『草枕』より)

明治の文豪、森鴎外や夏目漱石の語彙力は凄いと思う。

小説を読むにも、注訳が無ければ、意味が分からない、前に進まない。

しかし、語彙力においても、鷗外と漱石では、少し作者の意図が違うように思う。

鷗外は、学術的に、あるいは哲学的にと、言っても良いかも知れないが、「難解さ」を以て語彙力の真骨頂を主張している。

だが、漱石の場合は、当て字(創作文字)が多く「意味合い」を以て語彙力のそれを主張している。

即ち、鷗外の語彙は深く、漱石の語彙は広い。という風に思える。

ところで、漢詩を見るに、私は漱石の漢詩が好きだ。平易で、分かりやすいからだ。

紹介するのは、草枕の中にある漱石の『漢詩」である。

✰・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

出門多所思  門を出でて思ふ所多し

春風吹吾衣  春風吾が衣を吹く

芳草生車轍  芳草車轍(しゃてつ)に生じ

廃道入霞微  廃道霞に入り微(かす)かなり

停笻而瞩目  笻(つえ)を停めて瞩目すれば

万象帯晴暉  万象晴暉(せいき)を帯ぶ

聴黄鳥宛転  黄鳥の宛転(えんてん)たるを聴き

観落英紛霏  落英の紛霏(ふんび)たるを観る

行尽平蕪遠  行尽くして平蕪(へいぶ)遠く

題詩古寺扉  詩を題す古寺の扉

孤愁高雲際  孤愁雲際に高く

大空断鴻帰  大空断鴻帰る

寸心何窈窕  寸心何ぞ窈窕(ようちょう)たる

縹緲忘是非  縹渺(ひょうびょう)として是非を忘る

三十我欲老  三十にして我老いんとし

韶光猶依々  韶光(しょうこう)猶依々たり

逍遥随物化  逍遥して物化に随い

悠然対芬菲  悠然として芬菲(ふんび)に対す

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この漢詩の後に、小説『草枕』は続く。

ああ出来た、出来た。これで出来た。寐ながら木瓜を観て、世の中を忘れている感じがよく出た。木瓜が出なくっても、海が出なくっても、感じさえ出ればそれで結構である。

おそらく、これは漱石の肉声であろうと感じた。

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因みに、漢和辞典を引くと、次の意味がある。

・車轍(しゃてつ) 車の通り過ぎた跡

・笻(つえ) 竹の一種。つえに適する。

・嘱目(しょくもく) じっと目をとめてみる。

・宛転(えんてん) 変化するさま。ゆるやかに舞うさま。

・落英(らくえい) 落花に同じ

・蕪(ぶ) あれる。雑草がおいしげる。乱れる。

・窈窕(ようちょう) 山水・宮殿などの奥深いさま 

・縹渺(ひょうびょう) はるかに広いさま。

‣韶光(しょうこう) 春ののどかなけしき。

・依々(いい) 名残惜しく、離れにくいさま。

・逍遥(しょうよう) さまよう。気ままに歩く。

‣芬菲(ふんぴ) 草花のよいにおい。

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2019年9月12日 (木)

田崎史郎氏、日韓問題で玉川徹氏(テレ朝社員)を完全論破~モーニングショー(9月11日)

◆内閣人事の話題で

昨日の『モーニングショー』(テレビ朝日)は、面白かった。

スタジオには、政治評論家の田崎史郎氏が出演して、内閣改造人事について、「対韓国シフト」を強化したと説明した。

即ち、韓国とは原則は曲げず、〝毅然と対応する″ということに尽きる。

それが、日本政府としての正式な方針である。

その方針を、私は支持する。

◆玉川氏の難癖

それに対して、玉川徹氏が難癖をつけた。(次の通り)

曰く、韓国とずっと対立していっていいのか?

曰く、韓国とのパイプが無くなって、北朝鮮の拉致問題をどう解決するんだ?

曰く、韓国と、仲良くする気はあるのか?

玉川氏の発想には、マスコミの一部にも蔓延する「お花畑」の発想がある。

それは、『対立は悪、仲良くは善』というものである。

◆次のように田崎史郎氏に「論破」された

繰り返しになりますが、日韓請求権協定と違う事やっているのは韓国なんです。

今は、原則を維持したままでやっていくしかない。(田崎)

(仲良くやる気はあるのか?=玉川)

それは韓国と仲良くして日韓の訴訟を差し押さえやってますよね、それに対して応じていけっていう話ですか?(田崎)

◆冷静に聴いていて、玉川氏は完全に論破されていた

玉川氏は、「長期的には、(解決の展望が)見えない」と反論した。

だが、すかさず田崎氏に「それは韓国側がどう変わるかっていう問題もありますでしょ?」と切り返された。

普段は、「同調」する発言しか出ないので退屈な『モーニングショー』

だが、昨日は、「一人芝居」ではなく、議論が白熱したので面白かった。

兎も角、『日韓の歴史問題』を、【ナチス・ドイツとポーランドの関係】に見立てている点で、玉川氏の歴史認識が破綻している事に、彼自身が気付いていないのである。

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2019年9月11日 (水)

≪漢詩鑑賞≫『草枕』(夏目漱石)の中にある漢詩、飲酒(陶淵明)と竹里館(王維)

山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

この小説『草枕』の〝書き出し”は、余りにも有名である。

高尚な哲学的「命題」でもあり、一方では俗世間(人情)の境地を示す。

凡人の好奇心を〝呼び水”のように平易な言葉で誘うのだから、文豪と呼ばれる人は凄い!

まるで、「次」を注目させる手品師のようだ!と感心させられる。

面白いのは、次の行である。

苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それを仕通して、飽々した。

飽き飽きした上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。

余が欲する詩はそんな世間的な人情を鼓舞する様なものではない。

俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持ちになれる詩である。(中略)

その様な「詩歌」とは、次の漢詩である。として『飲酒』(陶淵明)と『竹里館』(王維)を示している。

飲酒(五言古詩・陶淵明)

結廬在人境  廬を結んで人境の在り

而無車馬喧  而も娑婆の喧しき無し

問君何能爾  君に問う何ぞ能く爾るやと

心遠地自偏  心遠ければ地自ら偏なり

采菊東籬下  菊を東籬の下に采り

悠然見南山  悠然として南山を見る

山氣日夕佳  山気日夕に佳く

飛鳥相與還  飛鳥相与に還る

此中有真意  此の中に真意有り

欲辨已忘言  弁ぜんと欲すれば已に言を忘る

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竹里館(五言絶句・王維)

獨座幽篁裏  独り座す幽篁の裏

彈琴復長嘯  琴を弾じて復た長嘯す

深林人不知  深林人知らず

明月來相照  明月来って相照らす

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『草枕』では、『飲酒』を、次の様に評している。

只それぎりの裏(うち)に暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。

垣の向こうに隣の娘が覗いている訳でもなければ、南山に親友が奉職している次第でもない。

悠然と出世間的に利害損得の汗を流し去った心持ちになれる。

また、『竹里館』を、次の様に評している。

只二十字のうちに優に別乾坤を建立している。この乾坤の功徳は「不如帰」や「金色夜叉」の功徳ではない。

汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼儀で疲れ果てた後、凡てを忘却してぐっすりお寐込む様な功徳である。

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『草枕』(夏目漱石)を、読み始めだが、何か嬉しい気分になる。

陶淵明、王維の"奥深い漢詩の世界”を例に挙げ、「東洋詩人の代表的な境地」としている。

因みに、『竹里館』に唱和した裵迪(王維の親友)の詩を紹介する。

(きた)り過(よ)ぎる竹里館、

日日道と相親しむ、

出入するは惟(た)だ山鳥、

幽深(ゆうしん)世人(せじん)無し

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2019年9月 5日 (木)

日本人の「嫌韓」感情は、自然な感覚ではないのか?

◆また玉川か?

『モーニングショー』(テレ朝)では、玉川徹氏(テレ朝社員)が、日本人の「嫌韓」感情を<批判>していた。

しかし、玉川氏の弁論(そもそも総研)を聞きながら、私は疑問に思った。

「嫌悪感(けんおかん)」は、内心の感情である。

青木理はもっと酷いが・・・また、玉川か?(笑)と思った。

◆自然な感覚

抑えても自然と湧き出るのが、昨今の日本人の「嫌韓」感情である。

そもそも・・・、他人に対する「嫌悪感」は、誰でも持つことがある。

他人から「批判」されるべきものではない。

(殺意だけでは、罪に問われない)

◆「事実」だけを正確に報道すれば

玉川氏は、番組で(韓国側ではなく)逆に、日本人の「嫌韓感情」を、批判している。

しかし、韓国側で起こった「事実」だけを正確に報道すればよい。

私のように(笑)冷静な日本人でも「韓国嫌い」になるのは必然ではないか?

それは、むしろ自然な流れだ。

◆支離滅裂な玉川弁論

但し、「韓国嫌い」とは、勿論、韓国「国家」や、韓国「国民」すべてが嫌いなわけじゃない。

嫌いなのは、「反日を煽る文大統領と、その嘘を妄信する韓国のマジョリテイ(多数派)の反日行為」である。

それが嫌いなだけである。

その上で、玉川氏の弁論は、支離滅裂である。

◆ヘイトスピーチと同一視

玉川氏は、何故か?人の「感情」を、(ヘイトスピーチなどの)「言動」と同一視している。

何故か?「メデイアが煽った」のは、「嫌韓(本)は売れるからだ」として、嫌韓ブームを批判している。

出版社が、売れる本を出版するのは、(商売として)当り前である。

◆戦争に繋がる??

言論出版の自由゛を持ち出すまでもない。そして、その上で「(嫌悪感情は、戦前のように)戦争に繋がる」という。

正に、玉川流の飛躍した論理である。

「メデイアが煽ったから、日本人の嫌韓感情が広まった」というのは飛躍した論理である。

何故なら、韓国で起こった「事実」だけを正確に受け止めれば、日本人が「嫌韓」になるのは自然の理である。

マスコミの問題ではない。

◆韓国の現状は、正に「やり過ぎ」である

むしろ、マスコミは、「冷静に」と日韓双方を天秤にかけ、「韓国を嫌いにならないで…」などという声を盛んに報道する。

「感情」は報道するが、「事実」は報道しない。

日常生活でも「嫌な奴」と思う事はよくある。

しかし、「嫌悪感」が、例えば「ハラスメントなどの言動」に及んだ時に、多くの日本人は、「やり過ぎだ」と自制することになる。

韓国の現状は、正に「やり過ぎ」である。

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