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2019年4月

2019年4月30日 (火)

平成最後の日に、皇統を考える

◆平成最後の日

朝からTV各局は天皇に関する議論が行われていた。

大方は、祝意を表す内容だった。

だが、特に異質だったのは、朝のテレ朝である。

自称ジャーナリスト青木理・テレ朝社員玉川徹、そして女性の菅野弁護士の三人衆が、議論していた内容である。

其れは、憲法目線での「無邪気」な、偏向した議論である。

「無邪気」と言うのは、単に、「邪気が無い」だけのことである。

そして、“皇統に関して、全くの無知あるいは軽薄”を露わにしているという、私の“皮肉”である。

◆皇統を考える

番組では、此れを機に、天皇の「世襲制?」にまで触れ、「女性天皇」問題も考えよう、と語気を強めていた。

また、今日の天皇陛下の伝統的神事に対しても、例えば次の事について、「憲法」の観点で疑義を呈していた。

(1)陛下が今日、天照大神や皇室祖先の神々に「退位」を報告した事。

(2)神武天皇以来「三種の神器」が代々受け継がれている事。

(3)皇統が男系男子で維持されてきたこと。

◆疑義の数々

「疑義」とは、以下の様な軽薄な内容である。

曰く、古来の儀式により、天皇の神格化。

曰く、政教分離に反する。

曰く、神話には歴史的事実がない。

曰く、男系男子は男女同権の精神に反する。

曰く、諸々憲法に牴触する。・・・疑義等々。

◆皇統を「憲法」で覆そうとする愚

神話から始まる皇統の歴史を、丹念に紐解くまでもない。

「憲法・法律議論」で、平気で覆そうという乱暴な議論である。

愚の骨頂である。

そして其れは、日本国の伝統文化の重みに対して、全く無理解な議論である。

二千年続く、皇統に対して、憲法は僅か70年の歴史である。

まるで重さが違う、秤の均衡がとれない議論である。

◆偏向した決め付け

議論の終着は、「象徴天皇は、国民に寄り添うもの、平和のシンボルと在らねばならない」という・・・。

決め付けである。

あまりにも偏向した決め付けである。

そもそも「象徴天皇」という天皇は存在しない。

天皇は天皇であって、前置きの言葉は無用である。

「象徴」とはあり方をさすもので、「権威の象徴」という意味合いである。

それは、昔から同じである。

◆天皇の役割という議論

国民に寄り添う」「平和のシンボル」とは、何か?

それは、陛下御自身が,“天皇の役割の一つ”として語る事。しかし、

決して、テレ朝やコメンテーターが、「天皇の義務」のように喧しく云うべき事ではない。

其れが、過ぎるならば、どうなるか?

将来「義務を果たさない天皇」「国民に不人気な天皇」が出現した場合、皇位継承を「国民投票」で決めるという危険な・・・「拠り所」に繋がるからだ。

◆国民感情とは

議論の前提として、青木・玉川らが、“国民の感情を優先すべき”という。

これらのこれら議論は、甚だお仕着せがましい。

国民感情とは、時代の風潮で豹変する、“得体の知れない感情”である。

「悪しき伝統は、改めるべきだ」とは、一見尤もに聞こえる。

だが、それの一つ一つを、「国民が決める」などとは、全くの暴論である。

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2019年4月28日 (日)

野党は元気がないなあ!鳩山由紀夫は相変わらずだしネエ!

久し振りに・・・政治の話題である。

五輪担当の桜田大臣が、意味の分からない「妄言」を繰り返したため、事実上の更迭となった。

政権批判のチャンスとばかり野党は、「安倍総理の「任命責任」を問うた。

よく使われるフレーズだが、「安倍政権の驕り(おごり)、弛み(たるみ)」という口撃である。しかし、

TVには、福山哲郎、蓮舫、辻元清美らの,スネに古傷を持つ「ドヤ顔」ばかり登場する。

他に、野党は、人材がいないのかな?

これでは、盛り上がりに欠ける。こんなにも人材が不足しているのか?

と、老婆心ながら心配になる。

野党が起死回生するには、「反対」だけの政策は止めて、独自の「憲法改正案」を示し、堂々の憲法議論をすること。

野党を野党として認めるには、これ以外にはない。

国内では、新元号『冷和』と皇位継承の話題で覆い尽され、政治の話題では風は無く、海は「凪(なぎ)」状態である。

世論調査の「政権支持率」は、「大きな変化」はないだろう。

何より野党の「支持率」が、低迷している。

何やら、玉木雄一郎(国民)と小沢一郎(自由)が、選挙目当てで手を結んだという。

それを契機に、「野党統一」を目指す?とか言うのか?

枝野幸男(立憲)は、「安易な統一はしない」とか、野党の離合集散・・・以前見た光景である。

野党も、平成の昔、民主党政権では、総理大臣に鳩山由紀夫、幹事長に小沢一郎、と今思えば信じられない政治権力の姿があった。

鳩山由紀夫は、今でも」元総理という肩書で「妄言」を繰り返している。

「韓国海軍の自衛隊機へのレーダー照射を支持する」という・・・ここまで狂ってしまったか。

扨て、令和では?

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2019年4月25日 (木)

理想の老境について

◆僅かな幸せ

生きがいとは、年齢・環境に関係なく、その人の心がけ次第である。と思っている。

齢70過ぎると、急激に、気力・体力は若いときと比べて低下する。時折そのように、体感する。

が、逆に、日々、僅かな事に幸せを感ずる事も多い。

時代は令和になろうとするが、『戦争』の世が不幸で、『平和』の世が幸福だとは限らない。但、願わくは、令和の世は平和であって欲しい。

◆理想の老境

『徒然草』に、以下の様な段落がある。

おほかた よろづの仕業(社会的な仕事)はやめて、暇(ゆとり)あるこそ、めやすく(好感がもてて)あらまほしけれ(理想的)。

世俗のことに携わりて生涯を暮らすは下衆の人なり。・・・(第151段より)

これは、単なる「隠居」の勧めではない。

◆人生は、光陰矢の如し

兼好の時代は、今の高齢化時代とは違って、50歳代は既に老境に這入る。

過ぎ去った人生は、走馬灯のように蘇り。

残された人生は、儚(はかな)い。

「儚いからこそ生きる価値がある。儚いから一瞬一瞬を大切に生きるべきだ」と、無常感の漂う世の中で、「生きること」を説いているようだ。

◆読書の悦び

50歳を過ぎ、老境に這入った兼好は、うち続く戦乱をよそに、古典研究や歌作りに励んだ。

独りともし火のもとに文を広げて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。

文は、文選のあはれなる巻々、白氏文集、老子の言葉、南華の篇。・・・(徒然草第13段より)

正に、此れ、理想の老境ではないか・・・。

 

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2019年4月22日 (月)

≪読後感想≫『兄 小林秀雄』(高見澤潤子著)

◆大活字本

図書館の一階に、大活字本コーナーがあり、その中から4冊の大活字本を選んで借りた。

『兄 小林秀雄』のタイトルに興味が湧き借りた。

小林秀雄は、どう云って良いか分からないが、近代文学史上、恐らく“偉大な文章家”である。

今年の正月以来、彼の難解な著書『本居宣長』をよんでいるが、心地よい興奮に見舞われる。

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◆ほとんど乱読

途中、悪路に差し掛かると、気を静めるように小林秀雄の『短編』、『小林秀雄の恵み』(橋本治著)や、『徒然草』などの古典に眼を移す。

そして、再び『本居宣長』に戻る。

10年かけて『本居宣長』に、到達しようとする読書計画である。ほとんど乱読である。

これは、世間的には「小林秀雄フアン」と呼ぶのだろう。

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◆黄鶴の如く

だが、私自身は、『本居宣長』上巻の半分を読み終えたに過ぎず、「興奮」はするが「理解」とは程遠い。

小林秀雄は、世情への皮肉を込めて自らを『売文業』と呼んでいたそうだ。

だが、その逸話一つ取っても、地上に舞い降りた幻の黄鶴の如くである。

私は、このように呼ぶことにするが・・・小林秀雄は優れた“文章家”である。

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◆ファミリースケルトン

その文章は難解だが、しかし自由奔放で、開放的である。

私は、その様に感じる。

小林秀雄の妹・潤子は、『兄小林秀雄』で、普段は知られない家族の内部事情を面白く書いている。

一般的には、家庭内の事は、「他人には知られたくない恥部」である。

因みに、「ファミリー・スケルトン」とは、私が何故か喉奥に引っかかっている「家庭内恥部」を表す英語だった。

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◆生の小林秀雄

それ故、小林秀雄の実の妹・高見澤潤子氏が著した此の本は、「生(ナマ)の小林秀雄」が描かれている興味深い本である。

兄秀雄を嫌悪しながら、尊敬をし感謝している。

流石に、小林ファミリーである。

本を読みながら、私は、亡き兄・大窪敏夫のことを想い出した。

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◆亡き兄・大窪敏夫

兄敏夫は、北大卒のキャリア官僚(元北海道開発局長)で、陛下から瑞宝章を賜った大窪の兄弟一番の秀才である。

父亡き後、家の長男として、采配したのが兄敏夫であった。

母つねは、愛情が深く自信家だが「自己中心」の人である。

母とは、度々衝突していたが、恐らく、家族会議にすれば兄敏夫に軍配が上がっただろう。

それ程、兄は弟たちの人望を集めていたし、頑固な母も最後は折れたようだった。

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◆尊敬と感謝

高校(札幌西高)へは、琴似山の手に在った開発官舎から通学した。

ひとつ上の兄の話では、兄・敏夫が、出世コースの最中、病床に臥せる母・大窪つねの「世話」をしていた姿を見て、「兄さんにはどうしても敵わない」と洩らしていた。

私は、そんな兄敏夫を、尊敬し感謝している。色んな考え方を教わった。

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◆乱読は柔軟性を育てる

話を、小林秀雄の家族に戻そう。

著書の中で、小林秀雄の妹潤子への言葉だが、「乱読は、人間に失われがちな柔軟性を育てる」と書かれている。

これは、生の言葉として、感銘を受けた。そして、乱読する自分を、肯定する事ができた。

小林秀雄を読んでいるうちに、古典への興味がひろがった。

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◆古典への興味、もののあはれ

そして、以前よりは、古文を読むスピードが、無理なく高まったようである。

所謂、味読であるが、それは、嬉しいことである。

それと関連するが、『本居宣長』には、このような部分がある。

どこの国の文学史にも、詩が散文に先行する。・・・言葉の意味を理解する以前に、言葉の調べを感じていた。・・・(p238)

歌に行く道は、歌を好み信じ楽しむ人にしか開かれていない。歌を知るには、歌を詠むという大道があるだけで、他に簡便な近道はない。(p271)

「よろづの事を、心にあぢはいて、そのよろづの事の心を、わが心にわきまえしる、是事の心をしる也。(中略)わきまえしりて、其しなにしたがひて、感ずる所が、物のあはれ也」(p306)

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◆健全な精神力

扨て、小林秀雄の妹-高見澤潤子は、次の様に兄を評してる。

大学時代の兄は、ただ女との関係でなやみ、苦しんで生活費を稼ぎ、いたずらに学校を怠けていたのではなかった。

一方に鋭い頭を充分に働かせ、みっちり勉強し、みっちりと考え、すばらしい作品を残し、健全な精神力をもちつづけていたのである。

私は、「(妹から見る兄・小林秀雄が)健全な精神力をもちつづけていた」事に感銘した。

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2019年4月21日 (日)

憲法第9条について

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◆自主研究発表

懐かしい話からする。

昔、小生が高校生(札幌西高校)の頃、倫理社会という教科があった。

3年の二学期で、各々自主研究発表する機会があった。

私は、『憲法第9条について』という研究テーマで、教室の教壇に立ち発表した。

主たる設問は、「自衛隊は憲法違反か?」だった。

◆自衛隊違憲論を採用

その為に、憲法学者たちの「合憲論」「違憲論」を紹介しながら進行した。

逐一条文を「そんまま素直」に解釈しながら、「それ故に」「自衛隊は違憲である」・・・という結論を自信を以て発表した。

当時の記憶では、ほとんどの憲法学者が「自衛隊は違憲」の立場だった。今でも、変わりはない。

世の中の趨勢も「自衛隊は軍隊で、違憲」だった。

◆自然な国語解釈

「目的」は何であれ、「陸海空軍その他の戦力」は「これを保持しない」。

だから、「自衛隊はどう見ても戦力」だから、「憲法違反」というのが、無邪気で自然な、国語解釈であった。

私の研究発表は、“力作”(笑)だったので、98点を獲った記憶がある。

高校生が、普通の国語読解力で、憲法解釈すれば、当然そのように帰結しただろう。

◆憲法と乖離する自衛隊

憲法と乖離して、国際情勢の変化に合わせた、「(自衛隊の)軍事力増強」という現実があった。

野党(当時の社共)が、無邪気に「憲法守れ!」と反対するのは、それ自体は自然の理であった。

あの当時、高校生の頃、憲法9条との初めての出会いだった。

現実は、益々「学問」としての憲法から離れて行ったのである。

◆70年も放置された

あれから、半世紀以上になる。

憲法九条が様々な議論を呼ぶのは、憲法が(原典英文の)和訳であることを示している。

しかし、憲法の制定過程については、取り敢えず、問題にはしない。

外国の支配下で憲法が制定されたとしても、あれ以来70年が経過する。70年間放置された方が問題だ。

このような悪文の憲法の下で、我が日本民族がだ、脳天気でいられる精神構造が、どうにかしている。というべきだ。

◆意味のない議論

考えてみれば、「自衛隊が違憲か?合憲か?」という議論は、全く意味がない。

若し、今の日本で「自衛隊が必要」と思うなら、少しの解釈の余地も残さないように、安倍総理のように「自衛隊」を9条に加えるべきである。

しかし、問題の本質はそこではない。自衛隊の為に、憲法改正があるのではない。

高校生の私は、・・・全く素直だったが、自衛隊は「戦力」だから、憲法違反という論理を導いた。

◆国の交戦権とは?

だが、其処で語られていないのが、最後の行である。

「国の交戦権は、これを認めない」という、ピリオドで独立したセンテンスである。

「交戦権の放棄」は、「戦争の放棄」と同義語ではない。

なぜなら、「戦争の放棄」は、国際紛争を解決する手段としてのみ“放棄”したという、正に平和を希求する国家意思である。

しかし、「交戦権の放棄」は、前項とは何の関係もなく、独立した条項である。

何の条件も、文脈もなく、交戦権を放棄したのである。

◆一体独立国か?

戦争の放棄と、交戦権の放棄とを混同しているところに最大の問題があるのである。

交戦権の放棄は、独立国としてあり得ない事。これに尽きる。

一方、国会議員の先生方の現状では、改憲の必要性を感じても、

①安倍総理の手では、改憲させないという勢力、

②改憲議論は、天下泰平「眠った子を起こす」と消極的な勢力がある。

つまり、何時まで経っても日本は、「茹でカエル」状態である。

 

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2019年4月20日 (土)

嗚呼、神国日本!

◆神宮参拝、皇室との一体感

日本人は、先祖尊崇を旨とする民族である。

とりわけ、天照大神が祀られている≪神宮参拝≫は、特別な感慨をもつ。

天皇皇后両陛下は、先日、伊勢神宮を参拝された。

沿道には、大勢の人々が国旗を振り、歓喜に湧いた。

この瞬間、人々は、畏れ多くも皇室との“一体感”を覚えたようだ。

◆先祖尊崇の≪信仰心≫

此の場所で、此の皇室との一体感こそが、思わず『嗚呼、神国日本』とした所以である。

宗旨・宗派とは無関係、日本人の持つ先祖尊崇の≪信仰心≫である。

歌人・西行も、伊勢参りで、次のように詠んでいる。

なにごとの おはしますかは 知らねども

かたじけなさに 涙こぼるる

◆歴史そのもの

今上天皇の御姿とは、歴史そのものである。

「歴史そのもの」…両陛下の御姿は、色々あった自分史に投影される。

それは、悦び哀しみを共有した歴史そのものである。

陛下の御心を思えば、「涙こぼるる」思いで、

振り返ると、自然にその時々の出来事が思い出される。

◆祭りを見物された、両陛下

随分昔の事である。

私は、若い衆となって神田明神の神輿渡御に参加していた。

担ぐ神輿は「司二丁目」。

江戸っ子で、男っぷりの良いリーダーのもとで、祭りを楽しんでいた。

その際中、両陛下が『大相撲五月場所』観戦の後、神田明神のお祭りを見物したい、楽しみたい、との事。

それで、車の帰路を変更して下さったとの由。

警備の警察官は大変だったろうが、我々は皆、歓喜した。

◆両陛下をお迎えする、沿道の人々

街は、神輿渡御の途中だったが、私たちは、両陛下の車をお迎えするべく、頭の被り物を取り沿道に出た。

沿道は警備の警察官と、その恐らくは、20倍以上の人々で溢れた。

その中には、「天皇陛下の眼を見ては罰が当たる」と諭す親子連れの姿。

それを笑いながら聞いていた善良な警察官の姿があった。

10分程すると、突然歓声が沸き起こった。

私たちの目の前を両陛下が通り過ぎた。

瞬時、皇后陛下と目が合った

車は、右から来て交差点を廻る直前だった。

車は減速され両窓は開いていて、両陛下は左右の沿道の人々に手を振っていた。

私の位置からは皇后陛下が、最短距離である。

その慈愛に満ちた「神々しい」表情を、焼き付けることができた。

ゾクゾクする感動に震えた事を鮮明に覚えている。

◆北海道への天皇陛下行幸

昭和30年ころの事である。

天皇陛下が、北海道空知郡の根室本線・赤平駅に、お召列車で行幸された折には、私は小学生だった。

「顔を上げてはいけない」という先生の注意を厳守して、我々児童は、「前ならい」して参列した。

お召列車が通過するまで、頭を下げたままだった。

それでも、私は一目見ようと、下から「盗み見」を試みたが、天皇陛下は、遠くに霞むようなご存在だった。

しかし、それでも不思議な空気感が漂い、感動を覚えた。

◆陛下にカメラを向けたが

平成に戻るが、ごく数年前の事であるが、私は西船橋の千葉県倫理法人会に勤務していた。

丁度、事務所の前を、天皇陛下のクルマが通るとの事で、人が集合していた。

その時は、天皇陛下御一人である。

遠くから、少しずつ陛下のクルマが見えてくる。

私は、群衆の中で、カメラを待ち構えていた。

瞬時、私はシャッターを押すことが出来なかった。

◆陛下の愁い

私の眼には、「陛下の表情が暗く」映っていた。

その表情は、「お祭り」や、最近の「伊勢神宮」の時とは違うものだった。

それは、深い、悲しみ、愁いに満ちた表情であった。

祈っているようでもあった。

瞬時、私は、そのような陛下にカメラを向ける不遜を恥じた。

陛下が目の前を通り過ぎるのを、なす事もなくただ祈った。

あの時、陛下の御尊顔を垣間見た最後の出来事である。

◆日本人で良かった!

今回、天皇皇后陛下は、譲位される。

時代は、やがて令和の世になる。

だが、今上両陛下のご存在・歴史を想うとき、まさに「陛下は常に国民に寄り添っていた」思いがする。

日本人が誰でも思うように、私は、日本人で良かったと思う。

そして、何の衒いもなく、思う。

嗚呼、神国日本、と。

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2019年4月16日 (火)

現代の聖域

◆三人の天邪鬼

いつの世も、天邪鬼(あまのじゃく)はいるものだ。

ニュースを垣間見ると・・・

新元号『令和』の制定について「憲法違反」として提訴した三人がいたそうだ。

(その内二人は、80過ぎの老人である)

◆苦痛とは?

元号を用いる事は「耐えがたき苦痛」と云う「御託」を並べている。

だが、何が苦痛なのか?よく解らない。

そこまで「苦痛」を訴えるなら、一度、お医者さんに相談した方が良い。(笑)

◆神聖にして冒すべからず

望月イソコ(東京新聞)でも、「新元号」については無言というか・・・無関心である。

日本人にとって、天皇や皇室に関する事の多くは、『聖域』である。

それは、神聖にして冒すべからず・・・の聖域である。

◆皇位継承の『聖域』

「年号」以上に歴史があるのは、皇位継承での事実である。

皇位継承における男系天皇という原則は、二千年余の歴史の中で継承されてきた「歴史の重み」がある。

それは、強制されたものではなく、二千年余の歴史の中で受け継がれたものという事実がある。

◆守るべきもの・・・それが聖域

天皇は、日本共産党が主張するような・・・民主的選挙で、決めるものではない。

天皇は、神代の時代から、男系天皇の血統主義によって厳然と貫かれている。男女平等などとは違う次元である。

『聖域』とは、守るべきものである。だから聖域という。

◆いろいろな聖域

聖域には、“国防機密”がある。その他、人権、プライバシー、人の良心、などは・・・広義で『聖域』と言えよう。

日常生活では、男女の(人権)聖域であろう。

これを逸脱すると夫婦喧嘩のタネになり、事件と成ることもある。

聖域を守る事を、「道」という。

◆人間の営みにも…

「道」を誤ると世間から批判される。

『徒然草』(吉田兼好)では、

「世の人の心惑はすこと、色欲にはしかず、人の心は愚かなるものかな」と警告している。

『草枕』(夏目漱石)では、

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」と注意を促している。

◆麻生太郎先生の名言

国会でも、面白い問答がある。

副総理の麻生太郎先生は、山本太郎議員の(水道問題の)「質問」に対して、次のように答えた。

水道事業に関して、「空気の次に、水が大切」という答えを期待したものだ。

希望に満ちた朝を迎え、昼は一生懸命働き、夜は感謝と共に眠る”

・・・実に美しい言葉だ。

◆天邪鬼は、15%は存在する

新元号『令和』に難癖をつける人には、気の毒に思う事こそあれ、決して不快に思う事はない。

この様な天邪鬼(あまのじゃく)が、僅かでも日本に存在する。

そのこと事態が、日本国が健全である証左である。

有難や、有難や・・・。

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2019年4月15日 (月)

上野千鶴子氏の欺瞞

◆「有名人」上野千鶴子氏の祝辞

東大入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が、話題になっていた。

上野千鶴子氏は、「社会学者」という肩書であるが、マルクス主義ジェンダーフリーの活動家として、その理論的支柱である。

この分野では、ナント有名人である。

◆「女性学」?

テレビ番組では、「好感」を印象付けた論評が多かった。

否定的意見でも、「祝辞には不相応」などと内容とは無関係のピント外れの批判である。

TBSでは、上野千鶴子氏を「女性学」のリーダーという呼び方をしていた。

しかし、「女性学」というのはストレイトに言うならば、「ジェンダーフリー」を実践する学問である。

◆女性差別と闘う?

ジェンダーフリーというのが、「女性学」の隠された意味である。

即ち、マルクス主義と同じく、世の中への「怨み」「嫉み」が出発点となる。「この世の中は、女性への差別で充満」しており、それと「戦わなければならない」というもの。

この類には、古くから田嶋陽子などが含まれる。

◆ジェンダーフリーとは?

上野千鶴子や田嶋陽子らが、理想とする「ジェンダーフリー」とは何か?

それは、“男性も、女性もない。あるのは人間だ”というもの。

すなわち、マルクス主義の運動が挫折した後、上野氏の「反体制運動」の軸足は、「ジェンダー(男女性差)フリー」運動に移行した。

この運動は、世の中は「女性差別はある」「差別だらけ」という、“衆目が認める一般認識”が大前提となっている。

◆誰も反対しない事実

但し、これは事実であり、敢えて反対する理由はない。

世の中には、不条理、差別は幾らでもある。

しかし、これが契機として、ジェンダーフリー運動へと引き上げ、体制転覆を目指すことが、目的である。

そもそも、「祝辞」にあるように、最初の内は、「本論」を述べないのが、上野千鶴子らの欺瞞性である。

◆祝辞の内容は、美辞麗句・・・

上野氏は、祝辞で、「東大にまで入れた恵まれた環境と能力を」「自分が勝ち抜くためだけに使わず、恵まれない人々を助けるために使って」

・・・と謂わば美辞麗句の類。

男女差別については、次の様にまとめた。「東大総長、総理大臣が女性でもいい。変わっていく過渡期。我々も変わらないといけない」

・・・この弁舌を聴いて「実に欺瞞だ」と、寒心した。

◆「ジェンダーフリー」の欺瞞性

祝辞では、「ジェンダーフリー」という発言はない。封印されていた。

「女性が活躍できる社会」「は、安倍内閣も標榜する通り、だれも異論・反論はない。

しかし、男女の性差を無視して、上から強引に「男女同数の議員」「女性枠の設置」という議論は、間違いである。

この運動は、過激になると、学校現場でも混乱に繋がっていく。

家庭崩壊の果て、「体制転覆」の思想である。

◆美辞麗句で浮かれてはならない

上野千鶴子氏は、ジェンダーフリー活動家にとっては、リーダー的存在である。

その思想は、深部に於いて「夫婦別姓の承認」「同性婚の承認」運動、「外国人参政権の付与」運動などと連携し、「連帯して闘おう!」という具合に、「体制転覆」の政治運動へと進む危険性を孕んでいる。

※私は、「同性愛」はその人の性嗜好として認めるが、「同性婚」には反対だ。

東大総長、総理大臣に「女性がなる」時代は、何れ到来するだろう。

だが、それは上から強制する事ではない。上野氏の本音では、「男女の差」などは、運動の「手段」に過ぎず、関心事ではないのだから。

美辞麗句の祝辞で、浮かれてはならない。

 

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2019年4月14日 (日)

日本史の「中世」は健全な時代か?それとも乱世か?『徒然草』を読んで思う

◆『徒然草』を読んだ

思うところがあって、『徒然草』を読んだ。これが、驚くほどに面白い。

一つ示すなら、兼好八歳のときの「父との問答の思い出」(243段)である。

(抜粋する)

兼好:仏とはいかなるものにか候ふらむ(仏とはどんなものなんでしょうか?)

父:仏は人のなりたるなり(仏とは人間がなったものだ)

兼好:人は何として仏にはなり候ふやらむ(では、人間はどのようにして仏になるのでしょうか?)

父:仏の教へによりてなるなり(仏の教えによってなるものだよ)

兼好:教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける(人間を教えた仏は、何が教えて仏になったのですか?)

父:それもまた、前の仏の教えによりて成り給ふなり(その仏は、先輩の仏によって、仏になったのだ)

兼好:その教へ始め候ひける第一の仏は、いかなる仏にか候ひける(それでは、仏になる教えを始めた一番最初の仏は、どんな仏なんでしょうか?)

八歳の兼好が父につきつけた問いは、極めて難解であり論理的である。父は、遂には答えに窮して、次の様に言いながら笑って誤魔化したという。

父:空よりや降りけむ。土よりや湧き携帯う(空から降ってきたか、それとも地面から湧いて出たか)

と言ひて笑う。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆何故、『徒然草』か?

『モオツァルト・無常という事』(小林秀雄著・新潮文庫)は、珠玉の短編集である。

何度読み返しても味わい深い。しかも、本の値段が、本体550円(税別)と、購入可能だ。

“嬉しさ”のあまり、他の『短編」も読んだ。時々、行間から小林秀雄の“息遣い”が感じられた。

次は、“小林秀雄の思索の到達点”と評される『本居宣長(上下)』へと、挑戦した。

無我夢中になる程の“向上心”は、70過ぎの爺にとって久しぶりの事である。

私は、生を確かめるように読書に没頭した。

◆『小林秀雄の恵み』(橋本治著)との出逢い

だが、読み始めていきなり挫折した。

ハズキルーペのCMは「字が、小さ過ぎて読めない!」

だが、私のは、「文章が、難し過ぎて読めない!」である。こんな難解な文章があるのか?という感嘆と絶望である。

『短編』を読んで、小林秀雄との距離が縮まったというのは、見事な錯覚だった。

その時、『小林秀雄の恵み』(橋本治著)に出逢った。奇妙な事に、家の書棚に「積んでいた」本の中の一冊である。

私は、この本を読んだ記憶がない。読んだとしても、記憶に残っていない。

だが、突然スポットライトが当たり、“読まねばならない本”となった。

◆時代状況に束縛されない普遍的なもの

『小林秀雄の恵み』は、小林秀雄と云う山頂を極めるための“手引書”である。

だから、「トレーニング」の心算(つもり)で読んだ。読み終えて、私は、次の様に思った。

著者・橋本治は、「彼の著作が、時代状況に束縛されない普遍的なもの」と小林秀雄を評している。しかし、厳密に「彼」とは、小林秀雄なのか?本居宣長なのか?

私には、解き明かせない“難解さ”というものが、其処にはある。

しかし、橋本治はの関心は、江戸時代に生きた本居宣長ではなく、本居宣長に関心を寄せた小林秀雄であったろうから、少し乱暴だが・・・「彼」とは小林秀雄だと、断定する。

◆中世とはどういう時代だったか?

小林秀雄は、『当麻』において、「現世の無常と信仰の永遠とを聊かも疑わなかったあの健全な時代」と日本史における中世を標榜している。

一般論として、歴史家が「乱世」と云う中世を、「健全」と呼ぶのは、実に小林秀雄らしい。

『下剋上』を「でもくらしい」と説明する事と同じく、見事な核心を突く“評論”だと感心した。

『小林秀雄の恵み』は、本居宣長=小林秀雄=橋本治の三人が、舞台上で鼎談する姿を、大向うで見物しているようである。

小林秀雄が、“健全”とする「中世」。一方歴史家が、“乱世”とする「中世」とは何か?私は気になった。

中世という時代・・・生きていた当時の知識人が「現在」、をどう見ていたか?興味が湧いた。

それで、『徒然草』に向かった。

◆吉田兼好が生きた中世

『徒然草』に向かった契機・・・。それは、小林秀雄でも橋本治でもない、当時(中世)の日本を代表する知識人・吉田兼好が、「現代」をどう見ていたのか?

その書かれた『徒然草』を読むことで、普遍的なものを探したいと思った。

小林秀雄は、「平家の人々は、よく笑い,よく泣く」と、まるで『平家物語』の哀調といった先入観を否定していた。

『徒然草』に登場する人物も、よく「ウソ」をつき、愚かで、好色で、よく笑う。

実に不思議なようで、妙に「納得する」のである。

◆理想の老境

高齢化時代になって、本屋で目に付くのは「老いの迎え方」という類の本が多い。五木寛之先生は、このテーマで書きまくっている。

兼好は、「理想の老境」(151段)について、次の様に述べている。

(抜粋する)

おほかたよろづの仕業はやめて、暇あるこそ、めやすくあらまほしけれ。(だいたい、五十歳になったら、社会的な仕事は全部やめてゆとりある時間を確保することこそ、好感が持てて理想的なのだ)

世俗のことに携えて生涯を暮らすは、下愚の人なり(世俗の用事に縛られて一生を送るのは救いがたい愚か者である)

見事な、≪断捨離≫を貫く処世術である。

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2019年4月13日 (土)

どちら側の≪悪≫に立つか?それが政治だ

◆総理の戒め・格言

昨今、総理大臣が痛切に感じている格言は、次の通りだろう。

瓜田(かでん)に履(くつ)を入れず、李下(りか)に冠を整(ただ)さず。(人から疑いをかけられるような行動は慎むべし、という意味)

野党がモリカケ問題を追及した時、安倍総理は答弁の冒頭、此の格言を多く用いた。疑惑(ぎわく)国会

◆疑惑国会

つまり、追及する野党も、答弁する安倍総理も、「違法性」云々以前に「疑惑」が、45分ドラマのように焦点となる。

「疑惑」それ自体があってはならない。という「総理大臣の倫理観」が議論の前提となる。

まるで<聖人君主>のような扱いである。

◆進んで悪を行なう決意

だが、総理大臣に要求されるのは、聖人君主ではない。

国家国民の為(国益とも言う)、総理大臣は、進んで悪を行なう決意を持つべき。

現実の世界は諸悪が横行しているのだから仕方がない。

◆嫌な事でも敢えてする

つまり、国のトップは、嫌なことでも敢えてしなければならない。

例えば、日本人拉致被害者を救うために、北朝鮮が困窮しても、経済制裁を徹底する類である。

これを、『人道』と結び付けて批判するのは、「悪を行なう決意」のない。“欺瞞”である。

◆≪どちらかの悪≫の側に立つ

現実政治の中に立てば,≪どちらかの悪≫の側に立たなけれならないのは必至である。

しかし、いままでの日本の政治は、国民に対して「二者択一」の選択を強いる事はなかった。寧ろ、避けていた。

55年体制(自民党・社会党の二大政党)は、利権を貪る与党に対して、「反対」によってその補完勢力と成り下がる野党との馴れ合いである。

◆真の二者択一はなかった

60年安保も、70年安保も、最近の安保法制も、結局のところ両論激突の「二者択一」はなかった。「反対」は「反論」ではない。ただの「反対」というに過ぎない。

その政治風土は、いつまでも変わりない。

政治家は、持論を明確にすべきであるが、少し無理頼みのようでもある。

◆日本は≪米国側≫の悪

日本は、日米同盟で、≪米国側≫の悪に立っている事は、言うまでもない。

それが嫌なら、≪中国側≫の悪に立つ、と鮮明にするが良い。

しかし、国会は「二者択一」の緊張感がない。

◆壮大な「偽善」ショー

野党は、(総理は)「説明責任がある」という何処までも「他力本願」である。

更に、他人(閣僚)の不祥事に対しても、総理の「任命責任」云々。犬の卒倒(ワン・パターン)だ。

総理の「責任」を求めるが、野党は、一度ども「立証責任」を果たしていない。

日本の国会は、壮大な「偽善」「欺瞞」劇場である。

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2019年4月11日 (木)

五輪大臣辞任した桜田義孝さん~舌禍の意味

◆政治小事件

今朝のテレビで、①桜田五輪大臣さんが辞任、②事実上、更迭、③野党は(安倍総理の)任命責任を追及

政治小事件”を語るには、このような「三行見出し」で事足りる。

誠に≪浅薄≫であり、それ以上「深い意味」はない。

「辞任」のキッカケとなったのは、「復興よりも、〇〇さんの方が大切」という趣旨の演説だったようだ。

◆呂律が回らない

桜田さんの話は、彼の「伝えたいこと」は前後の文脈から、十分推測できる。

しかし、桜田さんは、普段でも呂律(ろれつ)が回らない。

滑舌が悪いから、彼は絶対に「職業アナウンサー」は無理だろう(笑)。

◆文法の間違い

如何せん今回は、「文法的の、間違い」である。

本来は、「復興には、〇〇さんが必要」と言えば良かったかも。そ

もそも復興と比較する必要はない。

しかし、桜田さんは、「〇〇さんが大切」を“強調する”ために、「~よりも」といってしまった。

◆補正しようがない

文法上の間違いを犯した。

これは、今までの「舌足らず」とは訳が違う。

「舌足らず」なら、「言葉」を補えば完了する。

だが、今回はレベルの低い「舌禍」が原因である。

補正のしようがない。

◆居酒屋では面白い人

桜田大臣は、元々「善人」である。

今回も、誰も傷付けてはいない。

居酒屋などで談笑するには面白い人だ。

だが、官僚の上に立つ「大臣」としては適さない。

早めに、辞任して良かったではないか。これで、自由になれる。

◆復自然に返える

陶淵明の漢詩『園田の居に帰る』の行を思い出す。

≪誤って塵網の中に落ち、一去十三年、羇鳥(きちょう)は旧林を恋い、池魚(ちぎょ)は故淵(こえん)を思う≫

(間違って役人生活に入り、あっと間に十三年たった、かごの鳥は古巣の林を恋しく思い、池の魚はもとの淵をなつかしむ) 

桜田さんにとって、「大臣」生活とは、「羇鳥」「池魚」の如くあったろう。

辞任によって・・・今現在は、

≪復自然に返えるを得たり≫

(やっと、本来の自分に帰ることができた)という境地だろう。

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2019年4月 9日 (火)

政治の活性化の為に、憲法改正を急げ!

◆統一地方選挙の前半戦が終了

地方選挙の投票率は、低迷して久しい。千葉市も亦然りである。

独裁国家・北朝鮮のように99%は望めない。

だが、40%未満の投票率は、一般論としても「低迷」である。

先の日曜日の事だ。

投票所になっている地元の小学校体育館は、何やら妙に静寂だった。

◆投票場は静寂

王維の「空山人を見ず、但だ人語の響きを聞く」のように、シーンとしている。

私は、女房の後に続いて「静粛」に市議の投票を終えた。

次は県議(定数2人区)と思い・・・前進すると、「無投票→当選」との事で閉鎖されていた。

開票結果は、夜遅く決まり、特段の波瀾もない。

市議選(定数11選挙区)では当選すべき人が当選した。

◆無投票という結果

「無投票」の議席は、自民党大物候補の某氏と、野党候補の某氏の指定席である。

地方選挙の場合は、投票率が低迷している。

風に左右される「浮動票」というものが無い。

だからと言って、「無投票→当選」という現象は、馬鹿げている。

有権者の立場からすると「選挙権」=選択権を奪うもので、私は大いに不満である。

◆被選挙権も下げるべきだ

「選挙権」を18歳に下げたのだから、「被選挙権」も20歳くらいに下げるべきだ。

衆議院・参議院は、思い切って「被選挙権」を「選挙権」と同じ年齢にすべきだ。

参政権とは、単なる投票だけの選挙権ではない。参政権とは被選挙権(立候補する権利)を言うのだから。

若くても、心配はいらない。

「山本太郎」「小西洋之」よりも、見識のある若い人は大勢いる筈だ。

◆中選挙区に移行するべき

更に言えば衆議院議員の選挙区を、小選挙区から中選挙区にすべきだ。

小選挙区は、「人材発掘」の観点で云うならば悪しき選挙制度だ。

中選挙区によって保守陣営も淘汰され、若い優れた人材が確保される。

政治は、常に「改革」を続けなければ腐敗する運命にある。

理想と現実は、常に不一致であるからだ。

◆青年が、政治に参加しなければ

GGは、敢えて小言を言う。

青年は、国会周辺で反対する「集団」はなく、自ら主張する「個性」として政治行動すべきである。

の「安保法制反対デモ」のあの姿。実にツマラナイ。

若者が国会周辺で「集団」でのギャーギャーと叫び陶酔する姿である。

若い頃の「安保粉砕!」、或はもっと上の世代の「米英撃滅!」といった姿と、相似する。

◆何の「個性」もない

国会デモは、「時代の合言葉ばかり怒鳴っている」(江藤淳)という風体である。

今の政治は、「自社」二大政党の馴れ合い政治(=55年体制)を見ているようである。

あの頃の政治を、保守vs革新と呼ぶ人がいるが、「全く違うだろう!」と私は思う。

あれ(55年体制)は、“相互補完の政治体制”に過ぎない。

そう看破したのは、(私が尊敬する政治家)春日一幸、塚本三郎の居た『民社党』という保守政党である。

◆保守とは?

『民社党』は、やがて野党(民主党)の中に埋没してしまって、今日、原形を留めていない。

永く利権政治が自民党をリードした。だが、自民党は「保守」ではない。。

また、「改革」とは無縁で、旧態依然たる「反対」政党の社会党は、「革新」ではない。

「自民党」を指して「保守」というならば、自民党政治=利権政治から飛び出た「小沢一郎という政治家」が、今では野党側に居て、共産党とも肩を並べてる「野党」統一候補を応援する姿がある。

堕落・醜悪の極みである。

◆憲法改正を急げ!

野党が「弱体化」「低迷化」している。というのは、買被りである。期待する事は何もない。

立憲民主党の枝野幸男は、「自民党」に対抗することでしか存在意義が無い。

即ち、「自民党」という実態が無ければ「霧散」してしまう虚構である。何も期待してはいけない。

日本の政治が、機能するには、憲法の改正が不可欠である。

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2019年4月 7日 (日)

『漱石の漢詩』(豊福健二著)読後感想<続>

◆俳句は二句一章

図書館で借りた『芭蕉の創作法と「おくのほそ道」』(大輪靖宏著)を読んだ。

その中に、「俳句は二句一章」の説明があった。

即ち、言いたいポイントを二つ作る(取り合わせ)ことで、受け手の心の中に感覚の輪が広がっていく。

というもので、初心者の私には、大いに参考になった。

◆思わず、合点!

  古池や 蛙飛び込む 水の音

著者は、「古池という忘れられたような世界に、生命感ある蛙の飛び込む音という反対のものを与え、古池という情景を生きたものにしている」と説明する。

私は、「合点だ!」と思わず叫んだ。

◆漱石の漢詩に連想

「取り合わせというものは、二つのものをそれぞれ独立させて響き合わせる方法である」という説明から、私は漱石の漢詩にもその方法を「連想」させてみた。

即ち、夫々独立したものを、“外側の大自然と、作者の心の内側”というような(取り合わせ)塩梅で、響き合わせる方法・・・。

とでも云うような。

◆人唖の如し

次の漢詩は、漱石が修善寺温泉菊屋旅館での療養中の作である。

【無題】明治43年9月29日

仰臥人如唖  仰臥して 人 唖(あ)の如く

黙然見大空  黙然 大空を見る

大空雲不動  大空 雲動かず

終日杳相同  終日 杳(よう)として相い同じ

◆菊屋旅館にて

5~6年程前だが、かみさんと伊豆修善寺に旅行した。

漱石ゆかりの菊屋旅館に宿泊し、夏目漱石記念館を見学したりした。

その時、漱石の次の俳句に感動した。

  生きて仰ぐ 空の高さよ あかとんぼ

生と死、そして空の高さ、あかとんぼの躍動。そこから漱石は生きる事の悦びを感じたのだろう。説明できないが良い俳句だと思った。

◆漱石の漢詩が好きだ

私は、夏目漱石の漢詩が好きである。其の漢詩は、「語感」の響きと共に、内面にスーッと這入ってくる。

日本人の漢詩では、森鴎外の其れよりも、夏目漱石を身近に感じる。

私にとって文豪・森鴎外は、“俗世との混濁”が少なく、作品の恋愛感情においても、例えば『舞姫」『うたかたの記」のように「孤高の人」になっている。

◆文豪・森鴎外と、文豪・夏目漱石について

何処かに、恋愛感情を「純文学フィクション」として昇華させたいという森鴎外の意思を感じる。

しかし、文豪・夏目漱石の場合は、例えば、『明暗』のように、「俗世」そのものである。

漱石は、小説ではなく漢詩の中でこそ、俗世を昇華させたいと思った。其処に「悟り」の境地を求めたのではないか。

と私は邪推するのである。

◆白雲吟・・・白雲の歌を歌おう

次は、漱石の絶筆となる漢詩である。

【無題】(大正5年11月20日夜)

真蹤寂寞杳難尋  真蹤 寂寞としてとして

欲抱虚懐歩古今  虚懐を抱きて古今を歩まんと欲す

碧水碧山何有我  碧水碧山 何ぞ我有らん

蓋天蓋地是無心  蓋天蓋地 是れ無心

依稀暮色月離草  依稀たる暮色 月は草を離れ

錯落秋声風在林  錯落たる秋声 風は林に在り

眼耳双忘身亦失  眼耳双つながられて

空中独唱白雲吟  空中独り唄う 白雲吟

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2019年4月 6日 (土)

『漱石の漢詩~38首』(豊福健二著)読後感想

昨日、千葉市弁天町にある中央図書館に行った。

途中の千葉公園は、桜吹雪が舞っていた。西行が恋焦がれた季節である。

願はくは 花の下にて 春死なん

そのきさらぎの 望月のころ

途中、千葉競輪場が目に入ったが、「軍資金」が無いので素通りした。

図書館では、4冊の本を借りた。

万事、“Time is money”の世で、「無料」で至福の時間を得られる市立図書館の存在は、GGには嬉しい。

早速、帰宅してから、借りた本の中から、『漱石の漢詩』(豊福健二著)を読む。

読み始めると面白い。

私は、好きな漢詩をノートに書き写しながら、詩の世界を想像しながら≪漢詩鑑賞≫をする。

漱石の漢詩は、「いかにも素人漢詩人らしい生硬さが見られる」(著者)という専門家の見方もある。

だが、私には十分難解であり、その上で、詞的に優れていると思う。

尤も、若い頃の漱石は「漢詩の力量」を承知していたようで、次の漢詩を正岡子規に呈して評を求めていたという。

そこには、「右蕪詩(ぶし)数首、獺祭(だっさい)詞兄の几下に呈して斧正(ふせい)を乞う。弟金拝草」(原文は漢文)とある。

●函山雑詠【其一】・・・「函山」は箱根山を中国風に言ったもの

昨夜着征衣  昨夜 征衣を着け

今朝入翠微  今朝 翠微に入る

雲深山欲滅  雲深くして山滅(めつ)せんと欲し

天闊鳥頻飛  天闊(ひろ)くして鳥頻りに飛ぶ

駅馬鈴声遠  駅馬 鈴声遠く

行人笑語稀  好人 笑声稀なり

蕭蕭三十里  蕭蕭(しょうしょう) 三十里

孤客已思帰  孤客 已に帰らん事を想う

子規の「朱批」は、次の通りであった。

句々老練なり、然れども之を『木屑録』中の詩に比すれば、彼は是れ天真爛漫、此れは則ち小心翼々、却って一籌(いっちゅう)を彼に輸(しゅ)するは、何そ也(や)。子規 妄評す」

夏目漱石の漢詩を読んでいると、所どころ聞き覚えのある聯に出会う。

中国漢詩人の影響を色濃く受けている事が、私にも理解できる。

●山路観楓(山路に楓を観る)

石苔沐雨滑難攀  石苔(せきたい)雨に沐(もく)し滑らかにして攀じ難し

渡水穿林往又還  水を渡り林を穿ち往きて又た還る

処処鹿声尋不得  処処の鹿乞え尋ぬれど得ず

白雲紅葉満千山  白雲紅葉 千山に満つ

※高啓(明)の「胡隠君を尋ぬ」、「水を渡り復た水を渡る」を彷彿させる。

●無題

風流人未死  風流 人 未だ死せず

病理領清閑  病理 清閑㋾領す

日日山中事  日日 山中の事

朝朝見碧山  朝朝 碧山を見る

※李白の「山中問答」、「余に問う 何の意ありてか碧山に棲むと、笑いて答えず 心自ずから閑なり」とある。

影響を受けるのは、漱石は漢詩を純粋に楽しんでいるからである。

伊豆修善寺の事菊屋旅館の事で、吐血した後も漢詩づくりに没頭していた漱石は、次の様に述べている。

余の如き平仄もよく弁へず、韻脚もうろ覚えにしか覚えてゐないものが何を苦しんで、支那人に丈しか利目のない工夫を敢えてしたかと云ふと、実は自分にも分からない。

・・・斯様に現実界を遠くに見て、杳な心に些の蟠りのないとき丈、句も自然と湧き、詩も興に乗じて種々なる形のもとに浮かんでくる。

さうして後から顧みると、夫が自分の生涯の中で一番幸福な時期なのである。

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2019年4月 5日 (金)

「辞任」した塚田国交副大臣は、最期まで「忖度の人」であり、政治家としては類稀なる「善人」である

◆世間との乖離

『昨日のブログ』で主張したが、私の考えは、どうやら「世間」では通用しない。

世間と乖離しているようだ。

「塚田国交副大臣の忖度発言」批判のロジックは、「アベ・アソウ(権力者)に忖度するのは、ダメ!」「税金だから公平に!」と、私は推測していた。

恐らく、ここには、誤解や偏見が混じっている。

◆批判されるべきではない

一方で、私は、塚田氏の「忖度」発言は、違法性も、非道徳性も見られない。

昭和の匂いがする。

だが、「批判されるべき発言」ではない。と主張した。

しかし、私の考えは、完全に異端である。

◆論証抜きの「感情論」

昨夜から今朝にかけての、日本のジャーナリズムは、「完全アウト」「驚くべき発言」「論外」等々・・・。

専ら・・・論証抜きの「感情論」である。

これには、驚くべきことに、与党自民党からも、火消しのための「議論封じ」が起こった。

◆辞任の弁

今日のニュースでは、突然「塚田国交副大臣が辞任」のニュースが這入った。

辞任の弁は、次の通り。

「私の発言により、多くの人に多大の迷惑をかけました、誠に申し訳ありません」「(国政停滞の)責任をとって、辞任をしたい」

◆頑張れ、塚田一郎先生!

塚田氏は・・・最期まで「忖度の人」であった。此の政治家は、実に「善人」である。

実は、拉致問題の解決に、拉致議連として熱心に取り組んでくれた政治家でもある。

だから、私は、今後も塚田氏を、支持し、応援する。

頑張れ、塚田一郎先生!

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2019年4月 4日 (木)

政治家の「忖度」「利益誘導」は、「違法」ではなく、また「非道徳」でもない。健全な行為である

◆徒然なるままに

日々、『ブログ』を書く私は「ブロガー」と揶揄される。

ブロガーとは、少々「病的」「不健康」な響きが感じられる。しかし、

ブログは・・・私にとっては、健康回復のための≪リハビリ≫でもある。

「頭のトレーニング」にもなる。

だから、同世代の老人には『ブログ』を勧める。

「心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば」(『徒然草』より)、実に気分が良い。

◆政治家のリップサービスでしょ!

扨て、今日も政治(あるいは政治家)の話題から。

塚田国交副大臣という政治家は、よく知らない。、

だが、「安倍総理(山口県)、麻生副総理(福岡県)の地元に、“忖度”して第二関門橋建設を実現する」という発言が、今、批判されているようだ。

発言内容は、少し古臭い感じのする「利益誘導」という、地元向けのリップサービスである。

NHkの朝ドラ風に・・・「北海道弁」で云うならば、あれは「リップサービスでしょ!」となる。

◆「言葉狩り」に気をつけよう!

余程、他にニュースが無いのか?それとも、ニュースを報じないのか?

またしても、マスコミの恣意的な「言葉狩り」襲撃に遭遇したようだ。

「気をつけよう、夜の小道と言葉狩り」

しかし、言っておく。

政治家の「忖度」「利益誘導」は、「違法」ではなく、また「非道徳」でもない。

◆「忖度」への過剰反応

マスコミと野党は、「忖度」(そんたく)という言葉に,過剰に反応する。

「忖度」(そんたく)が・・・、「忖度」(そんたく)は・・・

“(過ぎ去った)財務省の文書隠蔽が安倍政権への「忖度」である、という疑惑”の余韻が、今でも残っているのだろうか?

あれ以来、

政治家や官僚の美徳(あるいは文化)でもある「忖度」という言葉が、「言葉狩り」によって悪い意味に変質してしまった。

◆違法でも、非道徳でもない

“財務省の文書隠蔽が、安倍政権への「忖度」”としたら、そうかも知れない。

しかしハッキリ言っておこう。

文書隠蔽”は違法だが、“忖度”は違法ではない。

また、非道徳ですらない。

普通に考えれば、何の問題もない。

与党も含めて、政治家が、この程度の「言葉狩り」に過剰反応し、怯える姿は滑稽ですらある。

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2019年4月 3日 (水)

政治と文学

◆安倍総理、『令和』を解説する

私の書いている『大窪由郎のブログ』は、大袈裟に言えば「政治と文学」がテーマである。

安倍晋三内閣総理大臣が、新元号『令和』について、

①万葉集からの出典である、

②万葉集には、天皇から防人・農民に至るまで広く民衆の歌が収められている、

③令和は、その中の「梅花の歌」から採用した。

と説明した。

「政治家」である安倍晋三は、まるで「古典の文学者・詩人」のように説明した。

その姿は、新鮮だった。

◆彩詩の官

私は、「政治家は須らく詩人であるべき」という考え、ある種の理想を持っている。

4月1日「新元号」発表の日、

「言葉狩り」の急襲に逢うことも忘れて、安倍総理は「詩人」のようだった。

昔、中国・周の時代に遡るが。

「天子」は民の声を知るため、即ち賢政をおこなう“意図”をもって、「民謡」(生の声)を広く集める「彩詩(さいし)の官」という役人を、地方に派遣した。

◆民衆の『生の声』

民謡は、民衆の自然と生ずる『生の声』である。

日本の誇る万葉集もまた、「天子の意図」は何であれ、そこに在るのは民衆の『生の声』である。

安倍総理の説明は、このような事であった。と思う。

出典文献が“中国か、日本か?”という事は、世間で云うほど意味はない。

『万葉』(まんよう)であるという事に、意味を持つのである。

◆三国志の詩人たち

中国の三国志の時代の曹操は、優れた戦略家であると同時に詩人である。

彼は、「優れた詩人」を厚遇し、戦いの前には“兵の士気を鼓舞する為”に、「檄文」を作らせた。

その様にして組織を“統制”した。

戦争の勝敗を決める要因として、「兵数」「戦略・戦術」以上に、「文学の力」を信じていたと言える。

三国志は、だから面白い。

◆科挙の試験、漢詩

歴代中国王朝の「官僚の登用試験」は、最難関と言われた『科挙』である。

だが、その試験科目の一つが『漢詩』であった事は、それ程知られていない。

中国王朝では、「政治家は須らく詩人であるべき」という、発想があった。

現代中国(中国共産党政権)とは断絶しているのだが、歴代中国王朝が『漢詩』の宝庫である事が、私には嬉しい。

◆戦争と檄文

政治と文学は、私のブログのテーマである。

戦争には、「檄文」(アジテーション・ビラ)が不可欠である。

昭和16年『真珠湾攻撃』の新聞報道を見て、当時の小林秀雄は「一種の名文である」と感じた。

●来るべきものが遂に来た。

●帝国陸海軍は、今8日未明、西太平洋に於いて、アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。

小林秀雄は,「畏れ多い事ながら、僕は拝聴していて、比類ない美しさを感じた」と述懐していた。

◆政治と文学

要すれば、政治を突き進めていけば、文学に到達する。

文学を突き進めて行けば、政治の存在に到達する。

私のブログのテーマは、「政治と文学」だが、「文学と政治」でも構わない。

大窪家のギャグネタだが、

右から読んでも左から読んでも、ボクオオクボ

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2019年4月 2日 (火)

『小林秀雄の恵み』(橋本治著)読書雑感(5)

◆一夜明けて

元号発表から、一夜明けて今朝、テレビ各社は「令和」について「自由で奔放な発言」を放映していた。

就中、テレ朝・羽鳥さんの番組では、既に「他の候補名」が漏れていた。

歴史学者の本郷和人教授が、「万和」が一番良い。と放言し、「令和」については、「巧言令色」(=悪い意味)を例に上げ、「気に入らない」と難癖をつけていた。

まるで、京都方広寺の鐘銘を「家康呪詛だ!」と豊臣方に難癖をつけた「徳川方の儒役・林羅山」のようだ。

◆国粋主義?右傾化?

玉川徹は「日本の右傾化云々・・・」、「万葉集よりか論語の方がカッコイイ」と相変わらず馬鹿。

青木理は、「一部権力者(安倍総理)は、時間をも支配する」と語り、日本共産党志位氏をまねて、安倍政権批判する。

発生源不明なニュースでは、“外国は、日本の「国粋主義」「右傾化」を懸念。等とある。

扨て、『小林秀雄の恵み』(橋本治著)読書感想に、戻そう。

◆歴史=古典に学べ

小林秀雄『歴史の魂』(戦時下での講演)の一部で『ある。

宣長の古典に対する驚くべき愛情は、無比のものなのである。

彼には『古事記」の美しい形というものが、全身で感じられたのです。

さかしらな批判解釈を絶した美しい形というものをしっかりと感じていた。そこに宣長の一番深い思想があるということを僕は感じる。

◆歴史はいよいよ美しい

謂わば、某歴史学者の言を借りるならば、「巧言令色」を拒否する。

「時間に洗われた≪歴史≫は、そんな浅薄な解釈をはねのけて揺るぎなくある」(橋本治)である。

「過去」となってしまった歴史には揺るぎないものがある。

歴史はいよいよ美しい。

◆感動した、・・・分からない

橋本治は、『本居宣長』を再読して、次の様に述べている。

・・・ところが、読み始めてしばらくして、愕然とした。愕然として仰天して、感動に手が震えた。更に・・・続ける。

小林秀雄の書き振りに翻弄されて、分からない。

私は自分の頭の悪さを呪い、へとへとになって、『小林秀雄になんか手を付けるんじゃなかった』と自分の不届きを悔んだ。

小林秀雄の語るところは一貫している。・・・しかし、分かろうとすると、頭が割れそうな困難を感じる。と述懐する。

◆難解な小林秀雄

『本居宣長』の最後に、小林秀雄はこのように書く。

ーここまで読んで貰えた読者には、もう一ぺん、此の彼の最後の自問自答が、(機会があれば全文が)、読んで欲しい、その用意はした、とさえ、言いたいように思われるー

難解な小林秀雄である。それは、「小林秀雄の円熟の境地」と呼ぶ人もいる。

彼の課題は、「物のあはれとは何か」ではなく、「物のあはれを知るとは内か」であった。と橋本氏は述べる。

◆橋本治と私

橋本治は、『本居宣長』を再読している。

その上で、小林秀雄「自己回復」のための「軌跡」を「追跡」し、小林秀雄と共に、へとへとになっている。

著者・橋本治氏は残念な事に、今年、他界してしまった。

◆同伴者(=友人)

日本の仏教は、「思索するものの同伴者(=友人)」という思想だと、橋本氏の考えである。

橋本氏は、『本居宣長』を目指す私の同伴者でもある。

著者と同世代の私は未だ、『本居宣長』を読んでいない。10年以内に読み終えたい、という戦略である。

そして何故か、私は、未だ健康で「死の予感」はない。

◆じいちゃん!

私が、著者・橋本治に共感するのは、「第五章じいちゃんと私」のくだりである。

小林秀雄を「じいちゃん!」と愛情を込めて呼ぶ事である。良い響きである。

私(=橋本治)にとって、小林秀雄の「恵み」は『本居宣長』の中にあってこそ、それは、懐メロにならぬ現在形なのである。

◆最後に

更に・・・橋本氏は、

私の読後は、小林秀雄や本居宣長へと向かわず「もう一度学問をやってみようかな」になった。

素人の私は、いつの間にか「一度学問をやってみようかな」に憑かれてしまった。

美しい「花」がある。「花」の美しさという様なものは無い。

ーこの意味を、“遂に理解する”為に・・・。

(終わり)

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『小林秀雄の恵み』(橋本治著)読後感想(4)

◆新元号発表の日

正午前、新元号が発表されるので、ブログを中断してテレビを観ていた。

新元号は、『令和』(れいわ)である。

出典は『万葉集』(梅花の歌)で、「初春の令月にして、氣淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」からだと云う。

当時、花と言えば外来の「梅の花」が流行(はやり)のようである。

実に美しい元号ではないか!暫らく酔って居たい。

◆唐文化の模倣、やがて国風へ

梅と云えば、菅原道真の「東風吹かば匂ひをこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」を想い起こす。

「舶来」の梅の花が流行(はやり)だったようだ。

日本の和歌は、『万葉』→『古今』→『新古今』と変遷した。

遣唐使の廃止以降は、国風文化の爛熟期を迎える。

その頃、花と云えば桜に替わる。後年、西行や本居宣長が、桜を愛でたように。

◆模倣から、独自性へ

日本人は、実に花が好きだ。

元号ニュースで、中国共産党の反響は、「日本文化は中国の影響を受けた」と誇示していた。

それは事実には違いない。

しかし、芸術文化は“模倣”から始まり“独自性”へと発展するもの。菅原道真は白居易に影響を受け、松尾芭蕉は杜甫に影響を受けた。

このことを恥じる事はない。

◆皇国日本

私は、「テレビ報道」で、元号に歓喜する日本国民の「素朴な姿」を観て、実感した。

「日本は、やはり皇国だ!」と。

「皇国日本」「皇国史観」と云うと、時代錯誤だ!と的外れに批判されそうだ。だが、

日本史を概観すれば、間違いなく天皇を頂点とする国体が存在する「皇国日本」が最も適切な言葉である。

『小林秀雄の恵み』に話を戻すが、神代の時代から、「下剋上=でもくらしい」の戦国時代を通じて現代に到るまで、日本は、厳然として「皇国」であった。

其れを「皇国史観」と言って何か間違いか?

◆皇国を巡る三者三様

「皇国」について著者・橋本治は「明治から昭和の終戦までの近代日本」と位置付ける。

そして、「本居宣長」「小林秀雄」「橋本治」のそ三者三様について述べている。

①皇国=本居宣長にとっては「まだ到来していない未来」,

②皇国=小林秀雄にとって紛れもなく存在する「実体を持った現在」,

③皇国=私(橋本治)にとっては「終わってしまった過去」

◆戦後民主主義

(上記の)発想は、団塊世代特有のものである。

「民主主義」とは政治用語であるが、「皇国」とは思想用語であり“別次元”のものである。

橋本氏が同じ団塊世代だから、このような「戦後民主主義的発想」に陥るのは、よく解る。

しかし、敢えて言えば「間違い」である。

日本の永い歴史において、「皇国」は断絶していない。と「常識的に」私は考えるからだ。

◆橋本治の小林秀雄論

橋本治は、「私はただの小説家だが・・・『本居宣長』の中から時々目がさめるような、とんでもない一文が飛んで出て来る」として、「下剋上論(でもくらしい)」を例に上げる。

私も同じ衝撃を受けた。

そこから先は、「もう一度学問をやってみようかな」になる。結局、『小林秀雄の恵み』は、橋本治氏の「小林秀雄論」なのである。

小林秀雄は、橋本治にとっては「二人称」だが、私にとっては「三人称」の違いである。

◆どうしてもわからない一文

私は、『小林秀雄の恵み』を『本居宣長』を読むための練習用として選んだ。

しかし、全体の6割は理解できない。

其れは、それで素っ飛ばして読むのだが、どうしても引っかかる一文に出会う。

美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない。

今でも、此れが分からない。

◆戦争と小林秀雄

小林秀雄の戦争中の「言論」を例に出しながら、橋本治は次の様に語る。

「この戦争協力者は、進んで協力して、嘘もつかず、しかし、その実、一向に協力なんかしていないのである」「そして、それを咎められない」

次は、小林秀雄の昭和17年の講演『歴史の魂』の抜粋である。

わが国の言論界、思想界は嘗て空疎なスローガンに踊らされ充分に味噌をつけたのである。それが今日のジャーナリズムを見ていると、又同じスローガンの遊戯が始まっているのである。

そういうものと僕らは戦わなければならぬ。それが詩人の道でもあるとともに実践的な思想家の道であると信じます

◆まるで戦後の其れ?

橋本治が吐露するようにこの講演は「どうあっても、これは戦後の民主的な時代のもの」ではないか。

つまるところ小林秀雄は、『何を言っても理解されない不幸な人物」だったのである。

即ち、自分で以てものをはっきりと見て、明確な判断を下せる人間にとってスローガンは要らない。という真実である

橋本治は、「過去」になってしまった歴史には揺るぎないものがある。

-歴史はいよいよ美しく感じられたー

◆古典に学べ

扨て新元号「令和」に関連して、「古典はどうして残ったのか?」について、小林秀雄の文を書き置く。

若しも「葉集」で現代的に解釈することが本当に正しいことであるならば、「万葉集」はなくなっておりますよ。「万葉集」それ自体よりも解釈の方が立派なら,解釈の方が残っておればいいじゃないか。

だけど残らない。「万葉集」はあの書いたその儘の姿を保っている。昔あったがままの形が今も目の前にあるのだ。歴史も亦形です。厳かな形である

その形というものは、新解釈という様なものを通して、はじめて解るというものではない。歴史的遺品から僕らが直接感得するより他は他ないのであります。

(続く)

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2019年4月 1日 (月)

『小林秀雄の恵み』(橋本治著)読後感想(3)

◆歴史的な日

本日は、日本にとって特別な日だ。あと間もなくで、新元号が発表される。

元号法の制定は、昭和54年だった。日本史では“最近の事”である。当時の野党は、元号法を「(憲法の精神)主権在民に違反する」と反対した。

主権在民」と「象徴天皇」は矛盾しない。野党は、相変わらず時代錯誤だった。と思う。

◆健全な時代

扨て、話を『小林秀雄の恵み』(橋本治著)の読後感想に戻ろう。

小林秀雄の著書『当麻』には、「室町時代という、現世の無常と信仰の永遠とを聊かも疑わなかったあの健全な時代を、史家は乱世と呼んで安心している」という行がある。

「健全な時代」という言葉は、衝撃的だった。そして私には、意味が難解だった。

◆下剋上=でもくらしい

しかし、『小林秀雄の恵み』の次の記述で、私はその意味を了解した。

「下剋上」-此語、でもくらしいトモ解スベシ(大言海)

歴史の上で、実力が虚名を制するという動き。即ち「下剋上」という否定的に響く字面の裏には、健全な意味合い(=でもくらしい)がある。

という完ぺきな説明である。

◆知性ある馬鹿

小林秀雄は、「下剋上」という言葉を登場させた「南北朝の落首の書き手に対して、≪恐らくこの無邪気な発想には、自棄的なものも、頽廃的なものもなかった。≫

小林秀雄流には「知性ある馬鹿』・・・実力が虚名を制する「健全」と、橋本治は表現する。

此れだけでも、「小林秀雄の恵み」を読んだ価値があった、と私は嬉しい。

◆仏教と儒教

近世になるまで、日本の思想の中心は仏教である。そして儒教は、「天子の徳」を根本とする徳治主義の政治哲学だから「秩序」があればよい。

著者は、①仏教の思想は、仏教者のための哲学、②儒教は、生活現実を生きるためのテキストである。と規定する。

「大阪夏の陣」の3年後、下克上によって崩壊した秩序社会がようやく再建へと向かう。

面白いのは大阪夏の陣のキッカケとなった、「京都方広寺の鐘銘に家康呪詛」という事件である。

◆実際的な知性

博学気鋭の儒役・林羅山が、この「家康呪詛」を発見した。

時代が求めたのは儒学ではなく、軍事以外を担当する軍師・南光坊天海などを含めて“実際的な知性”だったのである。

小林秀雄は、彼(中江藤樹)は、時の勢を拒否もしなかったし、これに呑まれもしなかった。ただ眼を内側に向ける事によって、極めて自然に孤立した。

◆学問の方法としての孤独

これは「学問する求道者の孤立」であると、学問する者の「孤独」を説くものである。後はただ沈黙する。

「孤独」とは、そういう意味かと私は了解した。

昨日の朝のフジテレビで、「子供の躾け」について、数学者の藤原正彦先生は、「ゲーム熱中するのは、子供が発達するのに貴重な“孤独”“の時間を奪ってしまう」と警鐘を鳴らしていた。

扨て、もうすぐ「新元号が発表」されるので、この辺で止める。

(続く)

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