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2019年3月 7日 (木)

『正論』『hanada』を推奨する理由

私は、月刊誌『正論』『hanada』を選んで愛読している。既刊本を時折、引っ張り出しては読み返す。まるで、古典を読むように。普遍性とも云うが、年月の変化に『主張』が耐え得るか?は、私が新聞・雑誌などを選ぶ基準となる。

(1)ジャーナリズムの役割~言論の自由

新聞、雑誌、週刊誌には、夫々「主張」があり、それは、ジャーナリズムの根幹を形成する。私の考えだが、その「主張」を批判し合う自由(言論の自由)を認める事。その自由闊達な『主張』こそが、日本文化の一部を形成するのである。これが本来のジャーナリズムの役割である。

(2)「言論の自由」の危機

この「言論の自由」が、今危機に瀕している。一つだけ、具体例を挙げる。杉田水脈氏の「少子化対策を扱った論文」の一部を切り取っての、異様なバッシング騒動があった。結果、『新潮45』は廃刊になった。バッシング理由は、「差別感」という漠然たる「被害意識」であった。その一部始終を振り返るならば、多くの言論人は政治家も含めて、「差別」となると、問答無用になるようだ。

(3)言葉狩り

近年「言葉狩り」が、ジャーナリズムの美名によって横行している。杉田騒動では、『生産性』という言葉が,、≪言葉狩りに≫に見舞われたが、その前後の文章を読めば何ら「差別感」はない。騒動の実態は、ジェンダーフリーを主流とする反日活動家である。真面目に考えるならば、本当に公的支援が必要なのは、LGBTの中でもT(トランスジェンダー)の一部である。より良い施策の為には、トランスジェンダー(性同一性「障害」)と、LGBとは区別すべきである。

(4)ジャーナリズムによる言論抑圧

私も含めて、多くの人は、LGBTへの「差別」意識はない。彼らは決して社会的弱者でもない。例えばマツコさんのコメントを聴いて同感する事が多い。当事者にとって、「社会的弱者」と見られるのは、全く迷惑な話でしかない。要するに、「杉田憎し」感情が、この騒動の原因である。「安倍政権打倒」が背後にある。これは、政治運動であり、ジャーナリズムによる「言論抑圧」といえる。

(5)世の変化に耐えうる不偏性

扨て、随分話が脱線した。政治外交等、諸問題は、夫々の専門家によるレポートを読むのが良い。新聞、雑誌、週刊誌には『主張」がある。読者は、主に「共感」する紙媒体を愛読するものである。愛読の条件として、「共感」の他に、例えば1年後、読んでも耐えられる「普遍性」を挙げる。その意味で、私は、書棚に積んでいる既刊の『hanada』『正論』などは、何時読んでも、世の変化にも耐えられる。それが、選ぶ基準だ、その意味で良書だ。

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