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2019年3月 8日 (金)

我は心に於いて亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり(明治18年福沢諭吉『脱亜論』)

戦後70年間は、北朝鮮の世襲独裁テロ政権、中国共産党のファシズム統治、即ち“中朝は日韓の共通の敵”。・・・だった筈だ。

しかし、韓国に文政権が登場してからは構図が変わった。“日本が中韓朝三国の共通の敵”となった。

以前は、38度線で北と対峙する韓国軍に対しては、「仲間」意識があった。今は、「韓国海軍のレーダー照射」等、お世辞にも「仲間」と思えない。

昨今の推移を見るならば、韓国は日本にとって、「仲間」から『敵」へと意識が変わった。(元来、韓国から見れば、日本は永遠の『敵』だった。)

元来、韓国は自由主義陣営の一員とは言え、「自由」「法治」「人権」「正義」などの近代概念を理解できない国柄であった。「国際法」も然りである。

明治期、日本は、西欧文化を取り入れ『文明開化』を成し遂げた。だが、当時の朝鮮は、清国の属国のままで、内部権力抗争に明け暮れていた。

その様は、『韓流歴史ドラマ/トンイ」のセリフにも露呈している。「正義が権力をとる、のではなく、権力をとった者が正義だ」(オクチョン妃)

其の朝鮮に対して西郷隆盛らが「征韓論」で、「開国独立」を迫る。しかし、朝鮮は、内部抗争の最中であった。彼らの得意技は、面従腹背である。

福沢諭吉が、『脱亜論』を発表したのは、明治18年の頃である。

『脱亜論』の結論は、「悪友を親しむ者は共に悪友を免れる可からず、我は心に於いて亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」とある。

福沢諭吉先生の先見性は、この『脱亜論』に表れている。日本は、海洋国家である。中韓とは、(深入りすることなく)手を引いて、「謝絶」するのが良い。

親日国(仲間)は、世界中に沢山あるではないか。

 

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