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2018年10月 4日 (木)

言論&議論が政権批判に集約される?LGBT、教育勅語、・・・etc.,

◆文章に対するバッシング
今の言論の風潮は、どう見てもおかしい。
その一つが、自民党杉田水脈議員の「(LGBTに関する)寄稿文」が、大バッシングを受けた事である。
以前も書いたが、『寄稿文』に対する内容は、兎も角、その反論の方法としては、『寄稿文』としてすべきだが、テレビのコメンテーターが大声で感情的に「問答無用」として批判する事が多かった。
☆……☆……☆……☆
政権批判が目的
その殆どが、「LGBTは生産性が無い」というセンテンスを捉えての批判である。
過去にも、この様な集中批判があったが、その多くが政治的な・・・即ち、政権批判が根底にある。
今回も、杉田議員が安倍総理に近いというのが、根底にある。
これでは、(とりわけ政権側の人間の)「LGBTを論じること」自体がタブーとなり、言論の自由が危うい。
☆……☆……☆……☆
教育勅語を『古典』として読む
それと同じことが、文科大臣の「教育勅語」に関する言及である。
教育勅語を「戦前の軍国主義教育の手本」という一方的で誤った認識をもつ人々からの批判である。
しかし、戦前の文献でも、素晴らしいものがたくさんある。
文科大臣の「発言」は、安倍内閣の文科大臣だからこその左翼マスコミからのバッシングである。
『教育勅語』には、素晴らしい12の徳目が説かれて、日本人としては誇るべき『古典』(温故知新)であると、私は考える。
私は、教育勅語を『古典』として読むことをお勧めしたい。
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