« メデイアの特権意識、取材対象者への恫喝 | トップページ | TBSは、「全ては、安倍政権の隠蔽体質」という暴論・決め付け »

2018年4月 5日 (木)

過度の「シビリアンコントロール」は危険である~自衛隊日報問題の教訓

政府の文書管理の在り方が問題になっている。
但し、自衛隊の日報問題は、それとは問題の核心が違う。
陸自で、日報(文書)が大臣まで報告されていなかった。
小野寺防衛大臣は、記者会見でこの防衛省内部の失態を明らかにした。
稲田朋美大臣時代の事であり、これは大臣の責任というより、報告義務を怠った」防衛省・自衛隊の内部の失態である。
勿論、最終的責任は、防衛大臣にあることはその通りである。
稲田氏の天敵(?)である辻元氏は、「これはシビリアンコントロール(文民統制)の崩壊だ」と、安倍政権批判を強めた。
確かに、シビリアンコントロールが機能していないとも思える。
しかし、3・11以後、議事録すら残さなかった民主党菅直人政権で「閣僚」を経験した辻元に言われたくはない。
文書書き換えなどは、議事録(メモ)などを残さないことから比べれば、まだ罪が軽いと言える。
この原因は、防衛省の日報問題には、背景に「国家機密の問題」がある。
南スーダンなどで、日報が外部に漏えいされれば、(テロリストにより)現地自衛隊員の生命にかかわる。
そのため、「国民の知る権利」よりはるかに「現地自衛隊員の生命」の方が重要視されなければならない。
何処までが、シビリアンコントロールか?
実は、日報問題は、そのような本質的問題を含んでいたのである。
マスコミが、声高に「国民の知る権利」を叫んでも、、身内の自衛隊員の生命にかかわる事であるから、その日報の取扱いは厳密・厳格でなければならない。
現場の状況が、逐一、本省の大臣にまで上がる間に、外部に漏れる恐れがあるからだ。過度の、「シビリアンコントロール」はかえって危険での存在がある。
現地の細かい作戦などを、東京の防衛省や、政治家の防衛大臣がコントロール出来るわけがなかい。
それをすれば現地は混乱するだけだ。
もっと、政治は現実的議論をすべきであって、憲法による自衛隊の明記がされていないことからする、例えば、軍隊を実力部隊などと呼ぶ馬鹿馬鹿しい議論が出る。
政治的な、法的な「定義」と、現地の刻々変わる「状況」は別次元である。
従って、私は、防衛省の日報問題を、「シビリアンコントロールの欠如」と呑気に短絡することには、異議がある。
 

|

« メデイアの特権意識、取材対象者への恫喝 | トップページ | TBSは、「全ては、安倍政権の隠蔽体質」という暴論・決め付け »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564386/66576948

この記事へのトラックバック一覧です: 過度の「シビリアンコントロール」は危険である~自衛隊日報問題の教訓:

« メデイアの特権意識、取材対象者への恫喝 | トップページ | TBSは、「全ては、安倍政権の隠蔽体質」という暴論・決め付け »