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2017年12月

2017年12月18日 (月)

専守防衛という防衛は成り立たぬ

ボクシングのサンドバックではあるまいし、専守防衛という防衛は成り立たぬ。
攻撃は最大の防御である。
パンチを浴びるだけが賢い防衛方法ではない。
去る12月15日、衆議院議員会館で『拉致問題の国際セミナー』があり参加した。
加藤拉致担当大臣の挨拶、救う会会長の西岡力先生、ジャーナリストの古森氏らとのパネルデイスカッションがメインで、各党拉致対策の国会議員が多数参加し行われた。
ジェンキンスさんらの死去などで、会議室は重苦しい雰囲気だった。
千葉県からは、桜田義孝先生が熱心に参加していたこと、ありがたく思った。
「戦争は嫌だ」という。
しかし、今は其れを言うタイミングではない。
圧力を強めれば北朝鮮が「暴走する」と強調する自称・専門家がいる。
だが、それは間違いである。
わが国の自衛隊は、戦争抑止と、自国防衛のためにある。
しかし、我が国防衛は「専守防衛」と強調する自称・専門家がいる・
それも、間違いだ。
専守防衛という防衛は成り立たない。
敵基地攻撃能力を持つべきである。
その為の防衛予算も確保すべきである。
 
 

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2017年12月13日 (水)

知る権利・報道の自由はマスコミの特権か?

以前、というか数年前だが。
与良正男氏は、次の様に言った。
仮に機密などを知ったとしても
それを漏らしたりしませんよ・・・。
この言葉は、与良氏の正直な気持ちだろう。
しかし、与良氏個人はその辺の分別があっても、マスコミが分別あるとは誰も思っていない。
重要な国家機密を前にして、マスコミがそれを漏らさないという保証は何もない。
何と言っても、マスコミは「知る権利」「報道の自由」を喧伝している生態である。
秘密を漏らすのが、自然である。
要するに、何のための機密か?と言えば、それは国益の為である。
機密=国益である。
知る権利・報道の自由はマスコミの特権ではない。
知る権利・報道の自由はマスコミの義務である。
それは、国益の為でなければならない。

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2017年12月 7日 (木)

≪漢詩鑑賞≫楓橋夜泊(張継)

Kaede
月落ち烏啼いて霜天に満つ
江楓漁火愁眠に対す
姑蘇城外の寒山寺
夜半の鐘声客船に到る

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2017年12月 3日 (日)

権力者とは何か?(憲法の意義)

憲法に対して、いろいろな議論がある。
民主党→民進党→立憲民主党(枝野党首)の底流にある憲法観は、一口で言うと「自民党による改憲に反対」というものだ。
一部マスコミも同様である。
彼らは、「改憲に反対」の理由を、次のロジックを用いる。
◆権力は暴走する。
◆憲法は権力者を縛るもの。
此処で云う「権力者」とは、内閣総理大臣を指す。
しかし、憲法を論じている時に、権力者=内閣総理大臣というのは、三権分立の精神に反する。
三権とは、行政(内閣)・司法(最高裁判所)・立法(衆議院・参議院)である。
従って、「権力は暴走する」として、「権力者を縛るのが憲法」というロジックは、中学生が聞いても奇異に感じる。
つまり、上記のロジックは、憲法そのものを恣意的に解釈した考えである。
それでは、権力者とは何か?
私は、次の様に「権力者」を規定する。
①自身の考えで物事を判断し、決定できること。
②そのことが、社会的に多大な影響を及ぼす。
つまり、権力者とは、三権(行政・司法・立法)だけでなく、自身の役割の中で、他者から独立した存在である。
「自身の考えで物事を判断し」「社会に多大な影響を及ぼす」という意味では、マスコミ各社も権力者である。
権力者が暴走する事はある。(戦前の朝日新聞の様に・・・)。
その事の深い反省が無ければ、憲法を論じるべきではない。
権力者がそれぞれ道理をもって、それぞれの役割を果たすことが重要である。
それが、憲法の意義であると私は思う。
 
 

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