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2017年6月 3日 (土)

≪漢詩鑑賞≫岳陽楼に登る(杜甫)

杜甫57歳の作。

洞庭湖のながめは素晴らしいと昔から聞いていて、今、はからずも流浪の旅の末に来たとの感動から始まる。

後半は、この大きな自然の中に、岳陽楼の手すりにもたれて、遠く都の空をしのぶ老いた杜甫の姿が、深い感動をもたらす。

☆……☆……☆……☆……☆……☆

岳陽楼(がくようろう)に登る

昔聞洞庭水  昔聞く洞庭の水

今上岳陽楼  今(いま)上る岳陽楼

呉楚東南拆  呉楚東南に拆(さ)

乾坤日夜浮  乾坤(けんこん)日夜浮かぶ

親朋無一字  親朋(しんぽう)一字無く

老病有孤舟  老病(ろうびょう)孤舟(こしゅう)有り

戎馬關山北  戎馬(じゅうば)関山(かんざん)の北

憑軒涕泗流  軒(けん)に憑(よ)れば涕泗(ていし)流る

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昔から洞庭湖(洞庭の水)の壮大さについて噂にきいていたが

今、岳陽楼の上って、眼前にその湖面を眺めている

呉と楚の国は、それぞれこの湖によって東と南に引き裂かれ(東南に坼け)ており、

その湖面には、天地宇宙全てのもの(乾坤)が昼夜の別なく影を落として浮動している

さて、今の私には、親類や友人(親朋)から一字の便りさえなく

この老いて病む身に、ただ一そうの舟(孤舟)があるだけだ

思えば、今なお戦乱(戎馬)が関所や山を隔てた北の故郷では続いている

楼上の手すり(軒)に寄りかかって(憑れば)いると、涙(涕泗)が流れ落ちるばかりである

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