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2017年6月12日 (月)

加計問題は、法と証拠を超えた政治的想像力の葛藤である

加計学園問題の本質は何か?

結論から述べるならば、次の通りだ。

加計学園問題は、現象的には『法と証拠を超えた政治的想像力の葛藤』である。

即ち、政治的・道徳的発想、経済政策戦略的発想、行政法的発想、霞が関文学的発想、など広範多岐な発想が衝突しているのである。

それ故、官邸・文科省・与党・野党・マスコミなど夫々の立場で、捉え所が異なる。

「本質は何か?」とは、現象を通じてしか解明できない。

だが、一つだけ言えるとすれば、大学の一般教養課程では、素晴らしい研究材料(テーマ)となるのが、「加計学園問題」だ思う。

ある意味、(国会会期末という)時間との闘いである。

「違法性」は無くても、「李下に冠を正さず」という道義的問題を追及するのが野党・マスコミの立場である。

今までの問題では、「加計ありきで、進んでいたのではないか?」という疑惑である。

この疑惑は、飽くまで道義的疑惑の域を出ない。

その限りでは、追及する側も、(数年前の、民主党永田メール事件と異なり)「安全圏」での追及である。

「違法性はどうか?」と問えば、「総理のご意向」「忖度」「加計ありきのシュミレーション」などは、どれも「違法」とは言えないのは野党も学習している事である。

疑わしきは罰せずであり、「疑いは、永遠に晴れる事が無い」のが常である。

そこには、法律ではなく、政治的・道義的想像力が求められる。

「総理の意向文書」などが、あったのか?無かったのか?と問えば、役所には、怪文書、個人メモも含めて様々な「文書」が氾濫しているのは確かである。

間違いなく「文書はあった」だろうが、そこが核心問題ではない。

もう一度、加計学園問題の本質とは何か?

それは、『政治的想像力の葛藤』と言えるだけで、誰もその「立場」において、間違っていたとは言えない。

このような問題である。

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