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2017年3月10日 (金)

『教育勅語』をどう読むべきか?

森友学園問題とは、許認可プロセスに法的問題があったかどうか?である。

教育方針に『教育勅語』を取り入れているか?は、問題ではない。

それは、私学教育の自由である。

だが、メデイアは、『教育勅語』に対する批判を強めている。

批判と言っても、『教育勅語』の中味(12の徳目)に対するものではなく、①「戦前の修身教育」の基本だから、②戦後、教育基本法(昭和21年)で廃止されたから、という内容である。

私は、『教育勅語』に反対する人に対して言いたい。

「一度、素直に教育勅語を読んでみるべきだ!」と・・・。

その上で、批判するなら「どこが問題なのか?」を具体的に示すべきだ。

「戦前」のだからダメ!という・・・「戦前」のものを全て、否定するのは間違っている。

勿論、時代と共に「適応」できないものも、あるだろうが、12の徳目は、普遍的な人間としての生き方を示したものである。

他方、「勅語」という天皇を主体とする内容は、「国民主権」の世の中では「適当」ではないという意見がある。

これが、唯一の反対理由のようである。

だが、日本は、成熟した民主主義国家であるから、『教育勅語』は「憲法違反」とする批判は、間違っている。(つまり、内容の批判ではなく、制度上の批判にすぎない)

道徳観(倫理観)を、法的整合性で批判する事は、そもそも間違いである。

昨日、元文部官僚某氏がテレビで、「憲法違反」「教育基本法違反」と、『教育勅語』を批判していた。

それは、教育勅語に対する≪批判≫ではない。≪抹消≫であり、日本文化に対する重大な挑戦である。

日本の国は、「古来言霊の幸(さまお)ふ国」として、言葉を非常に大事にした国である。

ところが、古い「文献」を検証もなく抹消するのでは、修養も道徳も条理もすべて廃れてしまう。

『教育勅語』から学ぶべきは多い。

『教育勅語』を、歴史的文献(古典)として読むのも一つの方法である。

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