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2017年3月 6日 (月)

豊洲移転問題~安全(客観性)と安心(主観性)とは異次元の尺度

先日、石原慎太郎氏(元東京都知事)が記者会見したので、テレビで観ていた。

マスコミは、不満顔だった。

「真実は語られなかった」「責任転嫁、逃げ」と、石原氏を批判していた。

小池知事も、「(武士として)石原氏らしからぬ?」として、皮肉たっぷりに石原氏を批判していた。

物怖じしない小池百合子さんらしくて良いが・・・私は違う感想を持つ。

あの会見は、「(石原氏は)できるだけ誠実に、正確にに答えたのではないか?」と思う。

質問に答えない(黙秘)のならまだしも、分らないない事は「分からない」と答え、記憶にない事は「記憶にない」と答える事は、決して不誠実な事ではない。

(想定問答により準備をした)石原氏より、感情的な、想像・決め付けによる幼稚な質問を繰り返すマスコミ陣の方にこそ、私は不満を持つ。

石原氏は、最高裁決者(知事)として責任を認めた。

そのうえで、議会も含めて都庁全体の責任を強調していた。

これは、「潔くない」というが、逆に石原氏一人に罪をなすり付けるものである。

極めて暴論であり、陰湿な人格攻撃、言論封じと同じだ。

石原氏は、正しい事を言った。

「(小池知事は)豊洲は安全なのだから、早く移転すべきだ!」・・・その通りである!

水質モニタリングは、継続して行えば良いではないか!と思う。

小池知事は、「都民の安全・安心は、到底得られない」と言っている。

安全と安心は異次元の尺度である。

即ち、<安全>というのは、客観的な科学的基準をクリアしたもので、それは「科学的数値」で示されるものである。

他方、<安心>というのは、世の中の風評などで醸成される主観的な判断で、それは「科学的数値」では示されない。

それは、「世論調査」などの尺度に表れる。

安全(客観性)と安心(主観性)とは、異次元の尺度である。

小池知事は、よく頑張っている事は認める。

だが、石原氏の言うように、今は「不作為の責任」も痛感すべき時である。

それ故、豊洲移転問題を、都議会議員選挙の争点にしてはならないと思う。

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