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2016年10月26日 (水)

≪漢詩鑑賞≫孔密州の五絶に和す東欄の梨花(蘇軾)

ノーベル文学賞に、ボブ・デュランが決まった。

彼の歌は、一度は口ずさんだことがある年代として、懐かしい。

小説ではなく、詩が、受賞の対象になったというが、もともと詩は、民衆の歌謡が発祥である。

洋の東西を問わず、詩歌は、民衆の心の底から自然に生まれた。

蘇軾は北宋を代表する詩人である。

その詩には、人生の意味が肯定的に描かれている。

その詩は、文学そのもの、文学の中心に位置していたと言える。

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孔密州の五絶に和す東欄の梨花

※孔密州  蘇軾の後任として密州(山東省諸城県)の知事となった孔宋翰。孔子の子孫と言われている。

※東欄梨花  この詩は五首連作のその三。それぞれに小題があり、これはこの詩につけられた小題。東欄は、密州の官舎の東側の欄干。その傍らに梨の木があったという場面設定である。

梨花淡白柳深青  梨花(りか)は淡白にして柳は深青なり

柳絮飛時花滿城  柳絮(りゅうじょ)の飛ぶ時花は城に満つ

惆悵東欄一株雪  惆悵(ちゅうちょう)す東欄(とうらん)一株の雪

人生看得幾清明  人生幾たびの清明をか看得ん

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梨の花はほんのり白く、柳は深い緑色(深青)

柳のわた(柳絮)が飛び交うころ、町はすっかり花でうずまってしまう

庭の東の欄干のそばに、雪のように白く咲いていた(一株の雪)一本の梨の木があったことを思い浮かべつつ、私はものおもいにふける(惆悵)

はかない人の一生に、いったい何度このようなすばらしい清明の日と出会うことができるのだろうか(看得ん)

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