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2016年6月

2016年6月27日 (月)

共産党の本性露呈

昨日の「NHK政治討論」は、各党政策責任者による討論会だった。

テーマは、次の3点あった。

①経済政策(アベノミクス)の是非

②政治とカネ

③憲法と安全保障

公平に見て、「アベノミクスは失敗」とする民進党・山尾氏と共産党・藤井氏は、自民党・稲田政調会長に、(数字を挙げて)完膚なきまでに論破されていた。

見るも無残な姿だった。

他の野党からは、「アベノミクスは、(少なくとも)民主党政権よりはまし」との(第三者)発言があり、社民・生活の2党は、殆ど「議論」にならないレッテル貼りのみだった。

「政治とカネ」の問題では、山尾氏自身が「ガソリン代についていつ説明するのか?」と追及され、シドロモドロだった。

特に、「憲法と安全保障」のテーマでは、稲田氏に「民進党と共産党の違い・・(例えば、自衛隊を違憲とする共産党、自衛隊を合憲とする民進党は違う)」を厳しく指摘されていた。

就中、驚いたのは、共産党の藤井氏が、自衛隊・防衛費を「人を殺す予算」と言った事である。

これは、偶々言い間違えたのではなく、明らかに「戦争法案」と同様、彼ら共産党の脳裏には「自衛隊=人殺し集団」という刷り込み(洗脳)がある。

普段、人前で使っている言葉だから、ヒョイと思わず「発言」したのだろう。

その時、隣の山尾氏はうなずいていたが、さすがに自民・公明の与党と日本の心・和田氏からは、「自衛隊を侮辱するものだ」「撤回を求める」等々発言があった。

藤井氏は、番組内では「撤回」に応じなかったが、その後「不適切」として撤回した。

稲田氏の厳しい追及に、窮したのか・・・これもまた、共産党の本性露呈である。

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2016年6月23日 (木)

問われているのは、候補者じゃなく、有権者なのだ!

アノ・・・舛添氏を推薦したのは与党(自民党・公明党)だから、「製造者責任がある」というのは、一理ある。

だが、一番の「製造者責任」は、舛添氏に投票した東京都民にある。

東京都民は、その責任を痛感すべきだ。

舛添氏を、(芸能人の人気投票のように・・・)ポスト猪瀬直樹氏の最有力候補にしたのは、東京都民だった。

それ故、与党がそれに追随した。

ところで、参議院選挙が始まったが、街中は静かだ。

各党首の演説をテレビ報道で紹介していた。

与党(自民党・公明党)は、経済政策(アベノミクスの推進)を重点にしている。

一方、野党4党(民進・共産・社民・国民)は、安倍批判に終始している。

一言、感想を言えば、中山恭子先生だけが、「北朝鮮による拉致」「日本の国土を守る」を強調していて感銘を受けた。

中山恭子先生には、頑張って頂きたい。

有権者は果たして・・・誰を、どの政党を選ぶか?

今回の選挙で、問われているのは候補者じゃなく、有権者なのだ。

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2016年6月21日 (火)

共産党と「選挙共闘」の時点で、民進党は自壊した

参議院選挙の各党首討論を何度も聴いた。

各党は、国民の選択肢を示すために、「政権をとったら何をするか」という政権公約を国民に示さなければならない。

どうしても理解できないのは、野党統一候補(民進・共産・社民・生活)の事である。

それは政策の一致ではなく、どう弁明しようとも野合でしかない。

それ以外の野党、例えば・・・大阪維新、日本の心、新党改革などは、特徴ある基本政策を持っている。

自民党とは、是々非々の関係である。

民主主義で大切な事は、国民の選択肢を明確に示す事である。

だが、「安倍政治の暴走を阻止する」(民進・岡田)というだけでは、議論は噛み合わない。

共産党と「選挙共闘」の時点で、民進党は自壊したのである。

何故なら、それは「選挙」と「有権者」に対する冒涜でしかない。

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2016年6月20日 (月)

岡田克也は、共産党の傀儡か?

いよいよ参議院選挙が始まる。

今回の選挙は、政策的論点は『経済』のはずだが、マスコミの取り上げ方を見ていると、必ずしもそうではない。

『経済』を争点にすれば、結局は「与党優位」になる。

昨日の『新報道2001』(フジテレビ)を観て思った。

例えば、安倍総理が消費税の「引き上げ延期」をしたことへの是非では、国民の8割が容認している。

アベノミクスにしても景気回復を「実感できない」が、民主党政権よりは益しだと思っている。

安倍総理の方が、理に適っている。

民進党の岡田さんは、(改憲議席である)与党2/3阻止に「躍起」になっていて頓珍漢な言葉ばかり言っていた。

岡田さんと言う人は、真面目なんだろうが、気の毒なくらい議論デイベートが不得意なようだ。

社民党の党首は、一瞬「失語症」になった。

雄弁なのは、共産党の志位委員長だ。

岡田さんが、野党(民共)統一候補の矛盾を突かれて言葉に窮すると、志位氏が「反安倍で統一することこそが国民の声」という珍論を展開していた。

岡田克也は、共産党の傀儡だと確信した。

まだ、予測は早いが「安倍自民党」が敗ける要素は何もない。

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2016年6月16日 (木)

舛添都知事辞任劇、才余り有りて徳足らず・・・

舛添要一という人物はどのような人物か?

一言で言うならば、「才余り有りて徳足らず」である。

国際政治学者から政治家へ転身した舛添要一氏は、おの才気は余りあるほどである。

だが、徳が不足である。

(答弁の、端端に垣間見える)

学者としての優劣は、その才気による。

だが、政治家としての優劣は、才気に加えて、その徳による。

舛添要一氏は、自ら言う通り、「不徳の致すところ」により東京都知事を辞職したのである。

嗚呼・・・政治家は、才気と徳を兼ね備えることが望ましいのだが・・・。

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2016年6月13日 (月)

≪漢詩鑑賞≫月下獨酌(李白)

この詩は李白44歳の時の傑作である。

酒を題材にした李白の詩は、名作が多い。

就中、『月下獨酌』を詠むと、朝からお酒を飲みたくなる(笑)好い気分になる。

因みに、今日は、私の69歳の誕生日。

☆……☆……☆……☆……☆……☆……☆

(第一首)

花閒一壺酒  花間(かかん)一壺(いっこ)の酒

獨酌無相親  独り酌(く)んで相親しむ無し

擧杯邀明月  杯を挙げて明月を邀(むか)

對影成三人  影に対して三人と成る

月既不解飲  月既に飲を解せず

影徒随我身  影徒(いたず)らに我が身に随(したが)

暫伴月将影  暫(しばら)く月と影とを伴いて

行楽須及春  行楽須らく春に及ぶべし

我歌月徘徊  我歌えば月徘徊し

我舞影凌亂  我舞えば影凌乱(りょうらん)

醒時同交歓  醒時(せいじ)は同(とも)に交歓し

酔後各分散  酔後(すいご)は各(おのおの)分散す

永結無情遊  永く無情の遊を結び

相期邈雲漢  相期して雲漢(うんかん)(はるか)なり

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2016年6月12日 (日)

≪続≫ヘイトスピーチは下衆の極みだが?

(昨日に続く)

在日の少年が、デモ主催者代表に「手紙」を渡した。

そこには、「共に暮らそう」という、少年らしい理想が綴られていたと、番組は紹介していた。

私は、少年の理想は、「理想」として否定するものではない。

それに又、在日が全て「悪い」などとは言っていない。

しかしながら、「現実」は理想通りにはいかない。

北朝鮮による日本人拉致を例にとってみよう。

拉致は、北朝鮮・本国の指令の下、工作員と在日の協力者によって周到に準備され実行された国家犯罪である。

犯罪者は在日の組織を「隠れ蓑」にしている。

日本人拉致被害者は、未だに捕らわれたままである。

これが現実・・・。

そのために、「圧力と対話」が必要であり、北朝鮮への『資金』の流れをストップしなければならない。

地方公共団体が、「朝鮮人施設」への優遇措置を止めない(千葉市のような)例もある。

これは、「民族差別」ではなく、北朝鮮への「圧力」の一つであり、断固としてやるべきだ。

ヘイトスピーチを声高に非難する背景には、これまた「隠れ蓑」にしている思惑がある。

ヘイトスピーチは「下衆の極み」だが、背景をキチンと考えるべきである。

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2016年6月11日 (土)

本来・・・ヘイトスピーチは下衆の極みだが?

夕方のTBSで、「川崎のヘイトスピーチ」の実態(?)を扱っていた。

「共に生きよう」というメッセージを中心に、在日の崔さんのインタビューが紹介されたり、公園に集まった崔さんらの主張が紹介され、「ヘイトデモ」を取り囲み中止させた模様が断片的にに、報道された。

カメラ目線も視点も、反ヘイトデモ(在日の「シバキ隊」)の側からの偏向したものだった。

何故、『偏向』と言えるかというと、ただ単に「朝鮮人かえれ!」「死ね!」などのプラカードが移されていただけで、デモ主催者の代表者の主張は、1秒も紹介されていなかった。

一方で、在日の崔さんの主張を紹介し続ける。

如何にも、『報道特集』(TBS)らしい組み立てだった。

「○○人帰れ!」「死ね!」などの言葉は、明らかにヘイトスピーチである。この種の、ヘイトスピーチは、反日・韓国に時折見られる現象である。

ヘイトスピーチは、「下衆の極み」(この上なく下劣で、品性が卑しいという意味で、誰であろうが、賛成できない。

だが、デモ隊を取り囲み、在日(シバキ隊)による「帰れ!」「帰れ!」の大合唱で、(少なくとも合法デモである)デモ隊を排除するのは、異様である。

報道番組としては、極めて偏向している。

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2016年6月10日 (金)

下呂市長、韓国訪問中の「行い」に謝罪したが?

テレビ各局とも、ニュースネタが不足しているようだネエ・・・。

昨日までの「セコイ=舛添ネタ」は、鳴りを潜めていた。

政治家批判のネタに困ったのか?

テレ朝(橋本大二郎司会)では、岐阜県・下呂市長の韓国訪問中(公務)のスキャンダル(?)について数分間流していた。

スキャンダル(?)の内容とは、朝温泉に入って朝食会場でビール小瓶一本を飲んだという。

もう一つは、夜「カラオケスナックのような店を紹介して欲しい(翻訳アプリ)」と現地の人に話した事である。

服部市長は、日韓関係への影響を懸念して、駐名古屋韓国領事館の朴総領事に謝罪したという。

何故、謝罪したのか?理解できない。

湯上り後のビールは、「ついつい飲んだ」と・・・、また、「お店を紹介して欲しい」については、「女性にいかがわしい行為を求めるような意図は一切なかった」と、市長は釈明している。

公務とはいえ、観光地の視察で、湯上り後のビール一本くらいで、何が悪いのか?と、私なら思う。

朝から泥酔するほど飲んでその後の公務に支障が出るならまだしも、ビール小瓶一本くらいで!!観光地の視察なら、当然だ。

湯上り後のビールは、観光の醍醐味だろうに、それにビールは現地韓国のものだろう。

夜、「カラオケ店に行こう」というのは、自然な感覚で、日韓親善の妨げにはならない。

市長は、「深くおわびする」と謝罪した。

こんな事で、大騒ぎするのは、理解できない。

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2016年6月 8日 (水)

新聞による洗脳

◆「新聞離れ」

インターネットが普及し、「新聞離れ」の傾向にある。

私の場合は、何かの情報(ニュースなど)を得ようとすれば、テレビのスイッチを入れるか、スマホのインターネットで簡単に得られる。

宅配される新聞を読むまでもない。

◆日常生活の新聞

だが、団塊世代以降の人間にとっては、何となく新聞紙を広げて読まなければ落ちつかないという人が多い。

昔は、ベタなドラマで、娘が婚約者を家に連れて来た時には、親父は新聞紙を広げている(笑)姿があった。

新聞は日常生活の中に溶け込んでいた。

◆新聞による洗脳

即ち、新聞は、読者の考え方まで少しずつ影響を与えていたのである。

例えば、朝日新聞オンリーのコアな読者は、左翼思想に洗脳されるし、左翼思想の人は朝日を読んで共感を覚える。

北海道の人は、北海道新聞が独占しているので、上京して読売・産経などを読むと違和感を感じる。

沖縄の人は、沖縄2紙(沖タイ・琉球)が独占しているので、本土と沖縄の『温度差』は縮まらない。

新聞による洗脳は無視できない。

◆ポッポ鳩山由紀夫の迷走

あのポッポ鳩山総理が、「(普天間の移設先を)最低でも県外に!」といって沖縄県民を騙した。

「米軍基地撤去」の政治運動と、「日米同盟による防衛力強化」の政治理念は、本質的には、決して相容れないと考えるのが常識である。

だが、ポッポは常識を度外視して迷走した。

◆「辺野古」反対の沖縄の民意?

沖縄2紙を読んで育った沖縄の人が、違和感なく「辺野古反対!」と叫ぶことができるのは、ある意味自然である。

その中で、「辺野古賛成!」と叫ぶことは、勇気が必要だ。

「地動説」を唱えたガリレオ・ガリレイと同じように。

◆「怒り」というコメント

夕方、テレビをつけて「ニュース」情報番組を観ると、最近では「舛添知事への怒り」がコメンテーターの声として氾濫している。

某局は、自民党は「追及が甘い」と、攻撃の矛先を「舛添」から「自民党」に向けていた。

記者会見でのマスコミの「追及の甘さ」を棚に上げて・・・馬鹿馬鹿しい!と思った。

マスコミのは、(つくられた)世論を背景にした「怒り」という感情論が、前面に出ている。

◆感情論は民主主義にとって危険

感情論は、(法治主義ではなく)人治主義に陥りやすく民主主義にとって危険である。

沖縄の問題もそうだ。

辺野古移転は、日本国の国政(防衛)問題である。

「沖縄の選挙」住民投票」で決める事柄ではないし、沖縄県民の「感情論」でもない。

沖縄県民は、日本国民であるべきだ。

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2016年6月 1日 (水)

民進、共産、社民、生活の4党は、無責任野党の極みだ!

野党4党が、そろって内閣不信任案を提出した理由が良くわからない。

わからないというより、整合性がとれないということだ。

消費増税の延期?だというなら民進・岡田党首が党首討論で、「2年延期」を言い出した事は、どう説明するのか?

2年ならよくて、2年半ならダメという理屈は成り立たない。

延期はアベノミクスの失敗を意味するから総辞職せよ!というのだが、果たしてそうなのか?

私は、百点満点ではないにせよ、「総辞職」しなければならない程アベノミクスは「失敗はしていない」と思う。

野党4党が、結束しているのは「反安倍」であり、背景に在るのは選挙に対する危機感である。

岡田党首は、手始めに民進・社民・生活による「野党統一候補」で、安倍政権打倒という夢を描いているが、これは妄想でしかない。

共産党流に言えば「(共産党が主導する)反安倍統一戦線」の初期段階である。

勿論、「野党統一候補」で、国民の目を欺くことはできないが、(野合と言えども)数の上では一定の効果をもたらすであろう。

戦々恐々とする野党3党と違い、虎視眈眈と勢力拡大を狙っているのは、共産党だけである。

「シロアリ」と言って岡田代表に叱責された前原誠司氏も、情けないことに、沈黙したまま。

もう一つ、内閣不信任の理由が「安保法制の強行採決」だという。

では。オバマ大統領が広島訪問を実現したときに、世論に迎合して「称賛」していたが、民進党は安保法制の成立無くして、オバマ大統領が広島訪問したとでも思っているのか?

安保法制について、「戦争法案」「憲法守れ」などと頓珍漢なプラカードを掲げていたのは当時の民主・維新だったではないか。

アホらしいからこの辺でやめるが、民進・社民・生活・共産の野党4党は、本当に許されない。

無責任野党の極みである。

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