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2015年7月

2015年7月30日 (木)

平和安保法制か?それとも戦争法案か?

今日も参議院特別委員会の議論を聴いた。

安保法制については、議論が深まりつつある。

参議院に移って、少し様子が変わったようだ。

衆議院で喧騒の中で「採決」された映像ばかり流されれば、国民の目には「審議不十分」と映るかもしれない。

私は、安保法制について理解が深まった。

与党(自民党、公明党)の質問時間が確保されたことと、次世代の党、改革新党などの的確な質問、及び、野党の民主党(福山哲郎は除く)の質問も、イタズラな「審議ストップ」が少なくなったことが理解を深めた理由である。

人によって、平和安保法制か?それとも戦争法案か?両極に分かれる。

戦争法案とする人の中には、様々な誤解がある。

それは、アメリカと一緒に戦争する、子供たちは戦争に駆り出される。といった、誤解と共に、「風評被害」のように広げられる。

「子供・・・」に関しては、森まさこ(自民党)議員が言うと、説得力があるようだ。

夕方、社民党の福島瑞穂の議論を聴いていると、繰り返し繰り返し「風評被害」をまき散らしている。

だが、それでも安倍総理は、粘り強く、丁寧に丁寧に、説明答弁していた。

私は、「平和安保法制に賛成!」と断言できる。

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2015年7月29日 (水)

国会審議では、双方向議論を!

昨日は、参議院特別委員会のNHK中継を観た。

さほど中味に新鮮味がない。

私にとっては「ツマラナイ」議論だった。

そもそも、議論は噛み合わず平行線である。

中でも、福山哲郎(民主党)は、「(安倍総理あるいは内閣法制局長官は)質問に答えていない」として何度も、審議を中断した。

実際には、総理も法制局長官も、「丁寧に(丁寧過ぎるほど)」答えていた。

だが、(福山には)「(自分に都合のよい)答えがない」と、激昂するだけである。

これでは、何十時間やっても、議論は平行線である。

その原因は、次の事が考えられる。

政府答弁者は、「(質問者の)質問だけに答えるだけ」で、質問者に(逆に)質問するなり、反論は許されない。

議論が噛み合わない原因は、このような国会審議のあり方にあるように思う。

国会審議では、双方向にすべきだと思う。

そうすれば、双方が「発言」に責任を持つ。

為にする批判も、なくなる。

審議を意図的にストップして、時間を浪費することも、なくなる。

国会審議でこれが無理なら、テレビ番組等ででも、双方向議論をすべきだ。

双方向議論によって、理解が深まる。

先日のNHK日曜討論の事である。

稲田朋美(自民党)が細野豪志(民主党)の<論理矛盾>を批判して、その上で「民主党は対案を出すべき」と主張していた。

司会者と細野氏は慌てていたが、稲田氏は厳しく追及していた。

共産党の小池氏は、「憲法違反だから反対するというのが‟立派”な対案だ」と、「窮鼠」の細野氏を擁護した。

ナントモ・・・共産党らしい発言である。

だが、私は、「(稲田氏の主張の通り)民主党は対案を提出して、衆目の批判に晒すべきだ」と考える。

双方向議論により、国民の「理解」は、格段に深まる。

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2015年7月28日 (火)

≪漢詩≫鹿柴(王維)

王維の漢詩は、色彩豊かな絵画的情景を想像させる。

この鹿柴(五言絶句)もその傑作の一つである。

☆……☆……☆……☆……☆……☆

鹿柴ろくさい)

空山不見人  空山人を見ず

但聞人語響  但だ人語の響きを聞く

返景入深林  返景深林に入り

復照青苔上  復た照らす青苔の上

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2015年7月27日 (月)

「世論」が間違うことだってある

最近の世論調査では、内閣不支持率が支持率を上回ったという。

世論などと言うものは、空に浮かぶ雲の如く常に変化する。

そう思えば、驚くこともない。

世論調査というのは、「安倍総理を支持しないなら、誰が総理なら支持するのか?」という「設問」が欠落している。

これでは、時々の空気、気分次第で支持する、しないが変わる。

世論なんて、所詮は浮き雲である。

「世論」が間違うことだってある。

その事は、第二次世界大戦前夜の歴史をみても明らかである。

野党第一党の民主党は、安保法制について「対案」を示さず、国会外で「反対を叫ぶ世論と共闘する」と述べている。

「空気と共闘する」ようなもので・・・こんな無責任な政党はない。

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2015年7月26日 (日)

歴史検証のポイント

「歴史」という言葉が頻繁に言われる。

戦後70年の今日、中国や韓国は、頻繁に「歴史を正しく直視せよ」と発信している。

歴史というのは、英語でヒストリーという。

だが、アメリカの某大学で、中国人の歴史はプロパガンダであり、韓国人のそれはファンタジーである、と言った。

勿論、これは笑い話であるが、余りにも的を得ているので笑えない。

日本の若者は、中国人のプロパガンダや韓国人のファンタジーに惑わされずに、日本の歴史を冷静に学んで欲しい。

その際、キーワードは、<天皇>であることを付け加えておく。

その上で、申し上げる。

幾つかの歴史的事実(例えば、日韓併合、東京裁判、日本固有の領土、日米安保条約の締結、等々・・・)について、歴史検証をすべきである。

「(日本が)正しいか?どうか?」は重要ではない。

大切な事は、「(その歴史的事実について)冷静に検証をすべきである。

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2015年7月25日 (土)

憲法学者と政治家は、思考方法が違って当然

最近、「安保法制」の議論の中で、憲法学者が世間の注目を集めている。

日本では、学術体系としての法律学、政治学は、同じ法学部の範疇であることが多いが、学術的に研究する人を、我々は尊敬をこめて学者と呼んでいる。

例えば、「憲法」を研究する人は「憲法学者」。

舛添都知事などは、以前、「国際政治学者」と呼ばれていた。

(同じ学者でも)法律学者と政治学者は、思考方法が異なるようだ。

法律学者は、「主張に、一貫性がなく、変節する」と言って政治学者を批判する。

一方、政治学者は、「(現実を直視せず)法体系に縛られるだけ」と言って法律学者を批判する傾向がある。

どちらの批判も、的を得ている。(笑)

安保法制で、世間に注目された「憲法学者」は、「法体系に縛られる」傾向が特に強い。

憲法第9条(戦争放棄)を何度も精読し、正しく解釈しようとすればするほど、「安保法制」は憲法違反という事になる。

私も高校生の時(50年前)、憲法9条を読んで、「自衛隊は憲法違反」だと思った。

昔から、「自衛隊」の存在すら憲法違反という憲法学者が多い。

憲法学者の多くは、日本の安全保障については一顧だにしない。

(高校生だった私もそうだった)

「学者バカ」という言葉がある。

民主党の枝野氏が、自民党副総裁高村氏をバカ呼ばわりして、「大学の憲法教室で勉強し直せ」と言ったが、政治家としては、「学者バカ」以下である。

学者はそれで良いかも知れないが、政治家はそうはいかない。

就中、内閣総理大臣は、日本の安全保障について、最終責任を負っている。

憲法学者と政治家は、思考方法が違って当然なのである。

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2015年7月24日 (金)

ドラマ『天皇の料理番』

TBSの政治報道は、かなり偏向している。

中でも、『報道特集』などは、専属の「キャスター」達が交わす「会話」の内容は、一方的で偏向に満ちている。

だが、政治報道などと異なり、TBSのドラマは面白い。

最近では、『天皇の料理番』が面白かった。

最終回で、GHQの家族の目前で、主人公が池に飛び込みアヒルのまねをする辺りは、無性に泣けた。

多くの日本人が、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ時代である。

「天皇と共にある」・・・この日本人の歴史観は、恐らく、アメリカ人には、理解できないだろう。

何故、あのドラマは、面白かったのか?感動したのか?

その理由は、政治報道のように、妙な解説を加えなかったためである。

政治報道も、独善的な解説を加えず、様々な事実と、諸説を紹介するだけで良い。

そうすれば、国民が考え、事の是非を判断する。

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2015年7月23日 (木)

≪漢詩鑑賞≫去る者は日に以て疎し(無名氏)

この詩は、『文選』(6世紀初めころ編集)の「雑事」に収録されているものである。

『文選』は、文人や教養人の必読書と言われた。

また、唐・宋のころは、『文選』を習熟することが、官吏登用試験の「詩文科目」に合格する道だとも言われ、中国ばかりではなく、(平安朝時代の)日本にも大きな影響をあたえた。

☆……☆……☆……☆……☆……☆

去者日以疎(去る者は日に以て疎し)

去者日以疎  去る者は日に以て疎(うと)まれ

来者日以親  来る者は日に以て親しまる

出郭門直視  郭門(かくもん)を出でて直視すれば

但見邱輿墳  但(た)だ邱(きゅう)と墳(ふん)とを見る

古墓犂為田  古墓は犂(す)かれて田と為り

松柏摧為薪  松柏は摧(くだ)かれて薪と為る

白楊多悲風  白楊(はくよう)に悲風多く

蕭蕭愁殺人  蕭蕭(しょうしょう)として人を愁殺(しゅうさつ)

思還故里閭  故里の閭(りょ)に還らんと思い

欲帰道無因  帰らんと欲すれども道因(よ)る無し

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2015年7月22日 (水)

安保法制、維新と修正協議を!

私の考えをまとめるとこうだ。

憲法との整合性は大切だ。

だが、憲法の学術的論争より、日本の現実的安全保障の確保が、優先されるべきである。

一方、中国の脅威は切迫している。

理想は、憲法改正するべきだろうが、その余裕はない。

憲法との整合性を確保しつつ、安全保障の法的整備を急ぐべきである。

いきなり完璧なものは無理だ。

だから、段階的に現実に対応すべきである。

中国と韓国は(他のアジア諸国と異なり)、日本の安保法制に反対している。

(韓国は意味が違うが)中国が反対っていうことは、安保法制は基本的に正しいと言える。

私は、愛国者であり保守派として、日本の将来が心配だ。

それ故、政府与党案と対案を提出している維新との修正協議は出来ないものか?

安倍総理は、「廃案」を叫ぶ民主党は、相手にする必要はないが、「対案」を出している維新とは、日本の安全保障の確保という点では一致しているのだから、法理論上の差異は埋められるはずである。

要するに、党利党略ではなく、日本の将来の事を考えて、政治家の責任を果たして欲しいだけである。

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2015年7月21日 (火)

「世論調査」というなら、安全保障のあり方を国民に問え!

世論調査なんて、「設問」の内容で結論が決まっている。

例えば、安保法制の説明は十分だと思うか?

・・・と問われれば、大多数が「十分だとは思わない」と答える。

例えば、与党単独採決を拙速だと思うか?

・・・と問われれば、大多数が「拙速だ」と答える。

何故なら、「設問」自体が、結論を導き出している。

こんな世論調査を何回やったところで、同じこと。

核心的議論をしなければ、「説明は不十分」「拙速だ」と、大多数が言うだけだ。

ところが、次のような「設問」をしたらどうだろう?

<設問> 貴方は、日本の安全保障についてどうすべきか?

①アメリカと協力して行う

②日本独自で行う

③憲法9条を厳格に守り、非武装で行う

勿論、①②共に、憲法の範囲内で行うのであるが、安保法制について「違憲」という学者が多い。

私は、憲法といえども「自衛権」を否定しているとは思えない。

私の選択は、①である。(斉藤健先生の様に、今は、賢くアメリカと協力すべきである)

私の憲法解釈は、政府とは異なり、次の通りである。

「自衛権」とは、「単独自衛権」であろうが「集団的自衛権」であろうが、独立国家としての生存権なのだから、当然にある。

GHQ統治の占領下では、まだしも、今は、独立国家なのだから「自衛権」は当然にある。

但し、日本政府の憲法解釈では、「集団的自衛権」は違憲である。

だから、細々とした条件をつけて「例外」を認め、切れ目ない「安全保障」対応を目指しているのが政府与党案である。

要するに、憲法との整合性が問題である。

「憲法学教室」で、純粋に憲法を読めば、共産党の様に安保法制は「違憲」なり、民主党の様に安保法制は「違憲の疑いが強い」となる。

純粋に、法理論としては・・・。

それ故、次のような「筋論」がある。

①のようにアメリカと協力して、行うのは良いが、「違憲」に疑義があるので、憲法改正して安保法制を立法するのが、(立憲主義としての)筋論である。

このような考えは、意外と、保守派の中にもある。

だが、それは「筋論」であって、結果的に非現実的な考えである。

結論から言えば、今は、合憲か違憲か?というのは、最高裁にその判断をゆだねるべきである。

憲法との整合性よりも、日本の安全保障(国の生存権)が優先する。

従って、日本の安全保障を考えた場合、緊急に「集団的自衛権」を明確にし、それを立法化しなければならない。

一方、憲法を改正して、独立国としての「自衛権」を明記するべきである。

最後に、言う。

民主党は、「反対」を叫ぶだけでなく、安全保障のあり方について、「対案」を示せ。

そして、国民も、日本の安全保障にのあり方について、真剣に「選択」せよ!

あのような「世論調査」は無意味である。

「戦争反対!」「憲法違反!」と叫ぶだけでは、日本の安全保障は達成できないのだから。

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2015年7月20日 (月)

衆議院議員さいとう健さんのメルマガ配信

昨日、齋藤健先生より、メルマガが配信された。

このメルマガは、さいとう健衆議院議員(千葉7区・自民党)が、国の重要課題について、先生自らの言葉で、分かり易く簡潔に解説して、支援者に配信しているものである。

私は、いつも齋藤健先生の『メルマガ』が配信されるのを楽しみにしている。

選挙区は異なるが有り難い。

今回の内容は、勿論『安保法制』についてだ。

分かり難い「安保法制」も、齋藤健先生が解説すると、なるほど~納得!と腑に落ちる。

齋藤健先生の説明は、余計な「レッテル貼り」も、感情的な「誇張」も一切なく、冷静にあらゆる角度から「メリット」「デメリット」等を想定している。

そして、選択肢を示し、最終的に自身の考えをまとめているのが特長である。

今回のメルマガ(集団的自衛権についてのさいとう健の考え)では、「(本件につきましては)非常に感情的な議論が多いので、意気込み過ぎた言葉や、内容とは異なるレッテル貼りを排除しながら、静かに述べてみたい」として、次の様に展開している。

【議論の前にしなければならない一つの決断】

日本の安全保障をどう確保するか?(三択)

①アメリカとの協力の下で確保

②自国だけで確保

③非武装でいく

さいとう健は・・・(中略)・・・今は、賢くアメリカとやっていくしかないと思います。

メルマガを読むと、齋藤健先生は、国会議員として十分に説明責任を果たしていると思う。

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2015年7月18日 (土)

安倍総理の決断を称賛する!

平成27年7月、安倍晋三内閣総理大臣は、二つの大きな決断をした。

一つは、安保法制の衆院通過。

もう一つは、新国立競技場の建設計画のやり直し。

この二つは、歴史に残る総理大臣の決断となるだろう。

私は、安倍総理の決断を称賛する!

安保法制に対して、国際社会の反応を見てみよう。

米国は、日本の国際社会への協力に感謝しているし、(中国の脅威に晒されている)東南アジアの国々は、むしろ日本の安保法制に賛成しているのが現実だ。

集団的自衛権の行使は、世界の常識である。

反対しているのは、中国と韓国のみである。(韓国が反対するのは、中国とは別の理由である)

安倍総理は、祖父の岸元総理と同様、正しい決断をしてくれた。

もう一つの決断は、東京五輪に向けて2520億円という膨大な建設費用がかかる新国立競技場の建設計画の仕切り直しである。

国民、アスリートからも「批判の声が起こったため」と安倍総理が、認めている通り「白紙撤回」は、国民の大多数が望むことである。

一部メデイアは、この決断を「(安保法制強行による)支持率低下への危機感」「政治的思惑」と、皮肉を込めて報道している。

何をやっても『安倍批判』に結び付けたいらしい。

何であれ、仕切り直しが決まった以上、四の五の言わず、5年後の東京五輪の成功のために日本国民は力を合わせることだ。

それは、安倍さんが主役ではない。

主役は、(安倍総理の言われるように)「国民一人ひとりと、アスリート」である。

私は、安倍総理の二つの決断を称賛する!

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2015年7月17日 (金)

子供を盾にするな!

安保法制に反対するデモの中に、こんな光景があった。

子供の命を守れ!戦争反対!母親○○会というデモ集団の中に、二人の子供がいた。

子供たちは、まだ幼く(恐らく年齢5~7歳)、可愛いい。

その子供たちは、「子供を守れ!」「戦争反対!」と、健気に声を挙げていた。

衝撃的な光景だった。

狂っている。狂っているが、幼児の声は反対表現としての情緒的「効果」は抜群だ。

子供に・・・「子供を守れ!」「戦争反対!」と言わせる姿が焼き付いてしまう。

母親が、叫ぶのは自由だ。

だが、子供を盾にするな!

私は、子供の母親に、そして、それを「やらせ」るTV報道に、心底怒りを感じた。

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2015年7月16日 (木)

辻元清美の妄想

安保法制の採決から、一夜明けた。

採決の瞬間、「戦争するな」のプラカードをもち、浜田委員長席に詰め寄る民主党議員の姿が何度も放映された。

国会議員としての矜持を忘れ、幼稚な「ドラマ」を演じている中心に、辻元清美議員(民主党)がいた。

そして、泣きながら「どうかお願いです、やめて」「戦争しないで」などと叫んでいた。

実に馬鹿っぽいセリフである。

その後、辻元議員は記者団に答えて、次の様に言った。

私の祖父は戦争で亡くなった。何故、日本は戦争したのか?30年後に、今日(平成27年7月15日)が、「歴史の曲がり角」だったと言われない様に、何としてもこの法案を廃案に追い込む。大勢の国民は反対している。

そういいながら、また泣いて見せた。(蛇足だが、この傲慢無知な女には涙は似合わない!)

コメントするのも馬鹿馬鹿しいが、辻元議員に一言申し上げたい。

50年ほど前、「自衛隊」を創設した時に、「憲法違反」「戦争を誘発する」といい、「日米安保」を改定した時に、「相手国を刺激する」「米国と一緒に戦争になる」といいながら反対した大勢の国民がいた。

だが、日本は戦争はしなかった。それは、「憲法9条」があったからではない。自衛隊と日米同盟の強化、抑止力のための備えを怠らなかったためである。

辻元議員は、妄想を言う前に、戦後史をしっかり勉強するべきだ。

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2015年7月15日 (水)

安保法制の採決を支持する!同時に自民党に苦言も・・・

安保法制が、衆院特別委員会で賛成多数で採決された。

私は、安保法制の採決を支持する。

TBSの番組で「強行採決」と言っていたが、偏向報道である。

国会ルールに従って採決したのであって、「強行」ではない。

正確に言えば、与党による「単独採決」というべきである。

それにしても、浜田委員長を囲んでの野党・民主党の「抗議パフォーマンス」は、褒められたものではない。

幼稚でしかも間違った「プラカード」を掲げ、まるで「学級崩壊」の様相だ。

国会の外では、「教職員組合」「官公労」「9条派市民グループ」が盛んに「戦争法案反対」と扇動していたが、盛り上がりに欠ける。

安倍総理は、「今後も引き続き、丁寧な説明に努める」と会見で語った。

ともあれ、衆議院を通過しても、参議院があるから、(廃案を目指す民主党は論外としても)対案を示している維新とは、徹底的に議論すべきである。

私は、安保法制の採決を支持する。

だが、今までの自民党には苦言を申し上げたい。

安保法制で安倍総理や高村副総裁らが汗をかいているときに、全国に大勢いる自民党議員は「傍観」しているように思えてならない。

「傍観」ならまだしも、結果的に・・・安倍総理の足を引っ張る「無能」議員もいた。

国民に向かって、国民の中に入って、批判を恐れず堂々と正論を発信してこそ自由民主党の国会議員である。

自民党議員は、自分の選挙区で、積極的に安保法制の必要性を訴えるべきである!

日本国民の平和と安全のために、今後の奮闘を期待する。

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2015年7月14日 (火)

石原慎太郎ほのぼのトーク

『新国立競技場』の膨大な費用(イニシャル&ランニングコスト)に関して、石原慎太郎氏の発言がネット上では話題になっているようだ。

というのは、日曜日の『新報道2001』(フジテレビ)に石原慎太郎氏が出演して、「東京通勤者から1000円ずつ徴収すればよい」と発言した。

さらに、石原慎太郎さんは、「(菅官房長官のような)大物政治家が、スパスパ決めればよい」と言った。

久しぶりに「生番組」で石原慎太郎を観たが、元気そうで安心した。

他にも出演者がいたが、存在感はやはり別格である。

それでも、(本人は否定するだろうが)暴走老人の感が薄れ、ほのぼの老人とした感が漂っていた。

だが、発想力は健在だった。

「1000円ずつ徴収」「菅氏が東京五輪を指揮する」ことが無理だろうが、発想としては面白いと思った。

『新国立競技場』については、(元々東京五輪に反対だった人などから)「税金の無駄使い」という批判がある。

今の日本国の実力からすれば、何千億円かかろうと大丈夫だ。

むしろ、東京五輪を成功させて、戦後日本国の国威発揚に繋げるべきだ。

「お金が無い」というなら、国立である理由は無く、『東京競技場』に名前を替えて、民営(民間の経営に委ねる)にすべきだ、と私は思う。

民営にして、積極的に大企業のスポンサー協力を得るべきではないか?

石原さんの話を聞いて、そう思った。

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2015年7月13日 (月)

安保法制を急げ«続»

安保法制は、今週がヤマ場のようだ。

(自民党の二階総務会長が、「今週(16日or17日)にも採決が妥当・・・」と淡々とした口調で記者会見で述べている。

(紳士然とした谷垣幹事長とは異なり)中国派の妖怪・・・二階氏が言うと、説得力を持つから不思議だ。

日中友好議連の高村副総裁といい、多士済々である。

一方の、民主党は相変わらず戦略・戦術が定まらず「犬の卒倒」(ワン・パターン)であるが。

岡田代表は、「強行採決」反対と言い、「慎重審議」→「廃案」を目指している。現実逃避である。

一部マスコミも、「採決反対」を扇動しているが、主に中国の脅威については言及しない。之もまた現実逃避である。

その理由に、「国民の多くが疑念をもっている」「世論が反対している」等を挙げている。

昨日、NHK日曜討論で、反対派憲法学者が、「憲法違反」「立憲主義に違反」という主張をしていた。

一方、賛成派の宮家氏が、「憲法違反かどうかは、裁判所が決めるもの」「そのような三権分立違反こそが、立憲主義に違反」と反論していた。

この憲法学者は、そもそも「自衛隊も違憲」という主張である。

【(9条派のように)抑止力を認めない人】に対して、どんなに説明しても、納得することはない。

安倍さんの云う通り、「決めるときに決める」ことが重要である。

自衛隊の創設、日米安保の改定と同様に、安保法制の採決は、数十年後に評価されるであろう。

現実逃避する訳にはいかない。

安保法制を急げ!

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2015年7月11日 (土)

«漢詩鑑賞»子由の澠池懐旧に和す(蘇軾)

北宋の詩人・蘇軾の詩が好きだ。

何故か、暗愁の中での明るい人間愛を感じる。

中国の詩人は、殆どが高級官吏でもあったので、時々の政変・派閥争いで、危機に遭う。

それ故、奥深いものがある。

この詩は、蘇軾26歳の作品であるが、人生の無常を察知している。

☆・・・・・・☆……☆……☆……☆……☆

子由の澠池懐旧に和す

※子由(しゆう)  弟の蘇徹の字(あざな)  ※澠池(べんち)  河南省洛陽市の西にある県の名前  ※懐旧(かいきゅう)  昔をしのぶ  ※和す  和韻

人生到處知何似  人生の到る処知んぬ何にか似たる

應似飛鴻踏雪泥  応に似たるべし飛鴻の雪泥を踏むに

泥上偶然留指爪  泥上に偶然指爪(しそう)を留むるも

鴻飛那復計東西  鴻飛んで那(な)んぞ復東西を計らん

老僧已死成新塔  老僧は已に死して新しき塔となり

壊壁無由見舊題  壊れたる壁には旧題を見るに由無し

往日崎嶇還記否  往日の崎嶇(きく)たるを還記するや否や

路長人困蹇驢嘶  路は長く人は苦しみて蹇驢(けんろ)は嘶けるを

☆・・・・・・・☆……☆・・・・・・・☆……☆……☆

※新塔  僧侶が死ぬと火葬にして、その骨や灰を石塔に収めた  ※旧題  5年前に、この寺の壁に書きつけた筆跡  ※往日  昔日  ※崎嶇  山路がけわしくて歩きづらい様  ※蹇驢  びっこの驢馬  ※記  記憶する

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2015年7月 9日 (木)

安保法制を急げ

維新と民主が、安保法制に関して「共同提案」するそうだ。

この目的は、「独自の案」を通す事より、民主党の思惑に乗っかったと言える。

即ち、時間切れ「廃案」が目的である。

世論調査では、「安保法制に反対」が「賛成」を上回っている事が背景にある。

だが、私は安保法制を急げ!といいたい。

「よく分からない」「慎重に」というのは、反対の理由ではない。

ただ単に、「反対」というだけ。

あの緊縮財政に「NO!」を突きつけたギリシャ国民と同じである。

安保法制を急ぐべきだ!断固として!

少なくとも、これが今国会で成立しなければ、同盟の最大のパートナーである米国の信頼を「裏切る」ことになる。

恐ろしいことだ。

政治家なら、そのような現実を直視すべきだ。

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2015年7月 7日 (火)

権力とマスコミ~相互批判を保証しなければ、言論の自由は保証されない

例えば、自称(?)ジャーナリスト達が、よく言うセリフがある。

権力を批判するのが、マスコミの役割だ!

確かに、「権力を批判する」ことはマスコミの役割である。

だが、「事実を隠さない」「捏造しない」ことが、大前提でなければならない。

それ故、マスコミは権力を批判すること、と同時に、マスコミ自体が「相互批判」に晒されなければならない。

相互批判を保証しなければ、言論の自由は保証されないのである。

巨大メデイアでは、その独占性と一方向性故に、正確な情報はほとんど期待できず、恣意的な情報プロパガンダが大量に流される。

その原因の一つは、『独占性』である。

例えば、沖縄県では地元二紙(琉球新報・沖縄タイムズ)であり、北海道では北海道新聞である。

もう一つは、『一方向性』である。

例えば、偏向報道に対して読者や視聴者が反論しても、報道編集者は簡単に握りつぶすことができる。

番組に登場するコメンテーターも、編集者の意図に従って発言する。(編集者の意図に反しては、番組に呼ばれないからだ当たり前・・・)

マスコミが、「特定秘密保護法」反対の時、あたかも被害者の如く振る舞い、「(権力に対して)委縮論」を展開した。

相互批判によって、言論の自由は保証されるべきである。

前提抜きに、「権力を批判することがマスコミの役割」というのは、極めて欺瞞性に満ちている。

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2015年7月 6日 (月)

また、韓国が嫌いになったよ!

今朝は(私にとって)大きなニュースが三つあった。

今朝は、女子サッカーの試合を観た。

なでしこ日本は、2-5で米国に敗れたが、健闘を称えたい。

感動をありがとう!

負けても爽やかな(澤やかな・・・)気分だ。<オヤジ・ギャグ>

次のニュースは、財政破たんのギリシャの国民投票での結果である。

ギリシャの首相は、盗人猛々しい。

このままだと、ギリシャはデフォルトの危機もあるが、中国・ロシアが虎視眈眈とギリシャの権益を狙っている。

何か、狂っている。

三番目は、世界遺産登録を巡る韓国側の難癖だ。

土壇場に来て、ちゃぶ台返しをする辺り、(北朝鮮もそうだが)韓国はギリシャと似ている。

世界遺産登録は、「条件付き」で達成されたが、後味の悪い内容である。

日本政府は、最初から対応を誤った。

韓国側の主張(強制連行云々…)に対して、「時代が違う」というだけで、終始、ヘンな配慮を示したことである。

即ち、相手につけ入るスキを与えたのは、日本政府・外務省ではないか。

当分、韓国の「歴史認識」「慰安婦」でイチャモンを付けてくるだろう。

正直、又、韓国が嫌いになったよ!

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2015年7月 5日 (日)

マスコミ権力による言論封殺こそ問題だ!

自民党若手議員が、「(一部マスコミを)懲らしめる」諸々の発言で、マスコミは、「マスコミ批判→言論弾圧」と、総攻撃している。

確かに、自民党若手議員の発言は、「一部マスコミは国を貶める」という事には同感する部分があるが、マスコミの『壁耳=盗聴』の餌食となった。

憲法調査会の船田議員といい、今回の大西議員といい、安倍内閣の足を引いている。

不注意極まりない。

だが一方、「マスコミ批判→言論弾圧」という論調は、これも「言論の自由」「報道の自由」をはき違えている。

「権力者に対する批判は許されて、マスコミに対する批判は許されない」という理屈は成り立たない。

マスコミ・メデイアが、無謬な神の如くふるまう事こそ、我々国民は、批判しなければならない。

ところが、報道番組を観ていると、関係者・コメンテーターを総動員して、「とんでもない発言」などと大合唱である。

誰一人として、「(沖縄二紙など一部の)マスコミ」を批判する人がいない。

報道番組(街の声・・・)で、「自民党は権力を持っているから、マスコミを批判してはいけない」という声を流していた。

だが、これは言論の自由をはき違えた、「マスコミの勝手な自己保身」の理屈だ。

言論で飯を食っているのは、政治家もマスコミも同じだ。

だからこそ、マスコミ権力による言論封殺こそ問題なのである。

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2015年7月 4日 (土)

対案提示の維新は○、慎重姿勢のままの民主は×

維新の党が、安全保障関連法案の対案を提示した。

維新案では、日本の安全保障環境の悪化を踏まえ、朝鮮半島有事における米軍防御などに限って、事実上の集団的自衛権の行使を認め、抑止力を高める必要性を認めている。

政府与党案との違いはあるが、「必要な自衛の措置とは何か、しっかり考えている」(安倍総理)という点では評価できる。

維新は、早急に対案を国会に提出し、国会で議論すべきだ。

衆議院特別委員会での、維新の丸山議員の議論を聴いていると傾聴に値する点も多々ある。

関係ないけど・・・丸山議員は、若くてイケメン(笑)で好感度が高いネエ。

あとは、党利党略ではなく、日本国の安全保障の為、今国会中に安全保障法案を成立するべきだ。

維新の対案提示は○である。

一方、野党第一党の民主党はどうか?

4月の党見解では、「安倍政権が進める集団的自衛権の行使は容認しない」としている。

明らかに、党利党略が優先している。

重要な論点に対しても、明確な見解を示さないままで、執行部は慎重姿勢のままである。

岡田代表は、(自民党時代から)ずっと、集団的自衛権について態度留保で、慎重姿勢のままである。

慎重姿勢のままの民主は×である。

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2015年7月 3日 (金)

「戦争(或は侵略)はしてはいけない」は、片手落ち

早いもので、7月だ。

これから、8月15日(終戦記念日)に向けて、戦争について考える季節がやってくる。

テレビなどで、「特集」を組み、その中で、戦争の「語り部」が登場する。

「戦争の悲惨さ」と、「平和の尊さ」を語るのを常とする。

そして『決まり事』のように、次の様に集約する。

「戦争(或は侵略)はしてはならない」

「戦争の悲惨さ」「平和の尊さ」を語るのは良い。

だが、そのために、「戦争(或は侵略)はしてはならない」という風に集約するのは、全くの片手落ちである。

戦争(或は侵略)とは、相手国との力のバランスが崩れたときに発生するものである。

それ故、一国だけの思惑で、戦争(或は侵略)は起こらないものである。

だから、「戦争(或は侵略)はしてはならない」という宣言は片手落ちである。

ではどうすれば良いか?次の様に宣言すべきである。

「(他国に)戦争(或は侵略)はしてはならない」(戦争放棄)と同時に、「(他国から)侵略(或は侵略)はさせない」(戦争抑止、自衛権の行使)を宣言すべきである。

「戦争(或は侵略)はしてはならない」と同時に、「戦争(或は侵略)はさせない」という断固たる意志を宣言すべきである。

それが、安倍総理の云う『積極的平和主義』の本質である。

蛇足ながら、これは憲法違反には当たらない。

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