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2015年6月 1日 (月)

「理解しにくい」は、巧妙な「反対」キャンペーンの一環である

今日も、終日衆議院特別委員会のテレビ中継を見ていた。

同じ野党でも、良い質疑と、悪い質疑がある。

良い質疑とは、何を基準にするかで評価が違ってくる。

この点を、民主党の前原氏と、共産党の穀田氏で見てみる。

例えば、戦後日本が戦争をしなかったことの原因を、憲法9条に求める穀田氏と、日米安保条約に求める前原氏によって違う。

穀田氏は、法理的な面(憲法違反)を強調し、前原氏は、現実的な面を強調する。

民主党の前原氏は、次の様に言った。

近くは現実的に、遠くは抑制的に、国際支援は積極的に・・・。

キャッチコピーとしては、良い出来だが、『現実の問題』はそう簡単ではない。

安倍総理は、「歴史問題」の質問で、ポツダム宣言の受諾と、東京裁判に至る敗戦の現実を現実として受け入れると答弁した。

歴史家ではなく、総理大臣としてはそう答弁するしかない。

東京裁判は、戦勝国の一方的論理による不当裁判である。

これは「国民が言って良い事」であるが、「総理大臣が言ってダメな事」でもある。

前原氏は、「総理本音で、議論しましょう」と、突っ込んだが、安倍総理としては、日本政府を代表する立場だから、(言いたくても)言えないことがある。

だから、国際政治の課題では、建て前(暗黙の了解)の議論が多い。

穀田氏も、前原氏も(それぞれの立場で)良い質疑をしたから良い。

一方、民主党の後藤祐一氏のように、「誘導質問」に乗らないからと言って「答えていない」と度々議論の中断を呼びかける。

このような、悪い質疑もある。

悪い質疑で、目立つのは、「(国民が)理解しにくい」というロジックを多用する事である。

分かりやすい議論をする責任は、与野党双方にある。

それにしても、維新の党の議員が、次の様に言っていた。

これだけの法案について、国民の理解を得るのは大切な事である。だが、(大阪都構想で)我々があれだけタウンミーテイングを重ねたのに、結果は「反対」が上回った。そのことを考えると、大変な事である。

「無念」そうに語っていたが、多分本音だろう。

私は、国民の理解が深まらない大半の原因は、メデイアにある、と考える。

メデイアは、(大阪都構想の時もそうだったが)、ただ(国民or大阪市民は)理解しにくいというキャンペーンを張るだけである。

100%理解することは、あり得ない。

だが、100%理解しないと(世論調査では)「反対」に分類される。

一種の世論誘導だ。

だから、「理解しにくい」というキャンペーンは、巧妙な「反対」キャンペーンの一環なのである。

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