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2015年4月16日 (木)

原発の新たな「神話」

福島で原発事故が発生した時、反原発を主張するマスコミは、次のように言った。

原発の「安全神話」(=絶対安全)は崩壊した。

(神様ではなく)人間の創った『原子力発電』が、「絶対安全」などとはあり得ない。

誰が考えても・・・。

だが、「安全神話」というのは、何故生まれたのか?

皮肉なことに、過去の反原発運動(=原発は危険)から生まれた。

原発は、安全性を検証し確保しなければならない。

それ故、原発は安全のためのメンテナンスが必要となる。(当然のことである)

その時に、反対派は、「(それは)、原発が危険という事だ」というロジックで反対した。

安全か?危険か?という二者択一の論理である。

福島の原発事故は、「(東電による)安全のためのメンテナンス」が不十分なために起きた。

それが原因である。

原発は「絶対安全」などではなく、普段の安全対策・安全点検こそが大切である。

神話は一切、不要である。

去る14日、福井地裁(樋口英明裁判長)が、‟高浜原発、再稼働認めず”という仮処分を下した。

理由は、「原子力規制委員会が策定した新基準は穏やかすぎて合理性を欠き、適合しても安全性は確保されない」というもの。

この裁判長の論理では、「原発は絶対危険だから(何が何でも)認めない」というものである。

科学的・技術的判断とは程遠い。

「安全神話」の裏返しの「危険神話」と言える。

裁判長の決定は、明らかに間違っている。

「新規制基準」は、原発事故の猛省から原子力規制委員会が策定した世界一「安全に関して」厳格である。

原発は「安全」でも、「危険」でもない。規制基準をパスしたから良いというものでない。

何度も言うが、普段に、安全性を検証していかなければならない科学技術の産物であり、神話ではない。

福井地裁の決定は、新たな「神話」の流布と言える。

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