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2013年10月 8日 (火)

「神」の名を借りた反日攻撃も、「愛国」の名を借りた排外主義(ヘイト・スピーチ)も、「表現の自由」を逸脱している

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◆軽蔑と怒り

軽蔑とは、相手を“見下す”感情である。

相手が“対等”なら、「軽蔑」とは言わない。

この感情は、「怒り」と言う。

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◆許される感情

以前ブログで、「韓国人を憎まない、ただ軽蔑するだけ」と述べた。

スポーツ会場に「反日の横断幕」(写真)を揚げて騒ぐ輩を、「軽蔑する」と述べたのである。

この場合の“軽蔑”は、憎悪(ヘイト)とは違う。

「(できれば)関わりたくない」という、(人間として)許される感情だ、と思っている。

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◆怒りに似た感情

わが国にも“軽蔑”すべき輩はいる。

例えば、『餃子の王将』(裸体写真)事件のように・・・。

一方、韓国のジャーナリストが、「原爆投下は神の懲罰」と中央日報に記載した。

その後、「中央日報の公式立場ではない」としながら、謝罪や反省、訂正もない。

これに対しては、“怒り”に似た感情が湧いた。

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◆過激になると憎悪(ヘイト)に変貌

相手が韓国の有名なジャーナリストだからこそ“怒り”が湧く。

「神」の名を借りた卑劣さに、私は“寛容”の限度を超える。

この場合の”怒り”もまた、(人間として)許される感情だと思っている。

だが、「感情」が高ぶり過激になると憎悪(ヘイト)に変貌する。

これが一番危険だ。

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◆京都地裁の判決

以前から気になっていた事がある。

すべての韓国人・朝鮮人の在日特権を許さない市民の会(在特会)vsしばき隊の街宣“衝突”である。

これは、互いに憎悪(ヘイト)の極みある。

そして、京都地裁が、在特会に対して、「学校周辺での街宣禁止」「1200万円余の賠償」を命じた、というニュースがあった。

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◆言葉には、必ず「ウラ」がある

「差別」の裏には、「特権」がある。

この判決を機に、「ヘイトスピーチ禁止」の立法化を主張する人間もいる。

元自衛官俳優の今井雅之さんが、MXテレビで「在特会の資金源は在日」と語っていた。

妙に、説得力がある。

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◆私の恐れる事

「神」の名を借りた反日攻撃も、「愛国」の名を借りた排外主義(ヘイト・スピーチ)も、「表現の自由」を逸脱している。

「表現の自由」を逸脱した憎悪(ヘイト)によって、逆に“言葉狩り”が横行する。

“言葉狩り”だけでなく、やがて“法的規制”(人権擁護法案)へと発展する。

“反日勢力”の思惑通りになっていくのではないか?

私はその事を、最も恐れる。

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