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2013年8月 9日 (金)

過剰な“言葉狩り”こそが、「被差別」意識を喚起させる≪続≫

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◆差別=よくない事

「差別」とは何か?

「差別」とは、本来、人権に関わる事(人権侵害)である。

日本人は、極めて道徳的な民族である。

だから、「差別=よくない事」と、思っている。

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◆人権から離脱した

しかし、「差別」という言葉が、本来の<人権>から、完全に離脱して使用されている。

最近、オスプレイの沖縄配備に反対して、「沖縄差別!」と叫ぶ沖縄の人がいた。

政治闘争の“手段”(合言葉)として、「差別」が用いられていた。

それは、亡霊(『共産党宣言』マルクス起草)のように徘徊し、反基地・反原発などの政治闘争に“憑依”し、“連帯”を求めているかのようだ。

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◆日本人の“分断”を策謀

「沖縄差別!」という言葉に、私は違和感を感じた。

昨日のブログで、「ばかチョン」は韓国・朝鮮人に対する「差別用語」ではない事、過剰な“言葉狩り”こそが、「被差別」意識を喚起させる、と述べた。

しかし、過剰な“言葉狩り”が、国内に蔓延している事に驚く

この過剰な“言葉狩り”の背景を知らなければならない。

そこには、日本人の“分断”を策謀する“反日勢力”がいるのである。

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◆追記~過剰な“言葉狩り”の実態

次に示すのは、「差別用語」として”駆逐しなければならない言葉”とされている。

これを読んで、どのように思うか?

私には、過剰な”言葉狩り”にしか思えないのである。

(私の感想は、青色で示した)

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◆身体に関する差別用語

ハゲ、ブス、ブサイク・・・侮蔑的差別的表現です。絶対に使用すべきではありません。  →「(ハゲを)頭部の毛髪の薄い人」「(ブス、ブサイクを)顔の造詣が良くない人」と呼ぶ方がもっと嫌味だと思う

デブ・・・「体重のある人」に対する侮蔑的差別的表現です。絶対に使用すべきではありません。  →「恰幅のいい人」「ぽっちゃりしている人」などと表現すべきなどだがネエ・・・

ホモ、オカマ、レズ、ゲイ・・・少数派の性的嗜好者に対する侮蔑表現です。「同性愛者」「GID」「MtF」などと呼ぶべき。  →「同性愛者」以外は、不勉強で聞いたことない・・・。

障害者、障害児・・・言葉に「害」という漢字が入っているのが問題です。これでは、まるでこういった方たちが、社会の害悪であるかのような印象を与えます。  →全くナンセンスな主張だと思う

◆女性に対する差別用語

女医、婦警、女○○(女弁護士など)・・・男がその職についても「男弁護士」などと言わないのに、女性の場合にのみ、わざわざ頭に「女」をつけるのは、そういった職業は本来男がすべきであり、女性がやっているのは特別なこと、と考えてるが故であり、完全な差別用語です。  →女性の占める割合が多くなれば自然と無くなる。差別とは違うと思うよ・・・

奥さん・・・結婚した女性は、家の奥にいるべきだ、とする男の傲慢な意識が分かる差別用語です。  →笑止千万

嫁、娘・・・言葉よりも、その言葉の漢字の構成が問題です。結婚した女性は家に入るものと決めてかかる(=嫁)、あるいは「良い女」と書いて(=娘)、女性に若さしか求めない男の差別意識です。  →笑止千万

男女・・・これは順番が「男」が前で、「女」が後であることに問題があり、この言葉自体に男女差別の意識が現われている。  →教育現場での「過激なジェンダーフリー」の弊害が数多く指摘されている

◆外国人に対する差別用語

ちゅうごく、かんこく・・・中華人民共和国を「ちゅうごく」、大韓民国を「かんこく」と呼ぶのは差別意識に毒されている証拠です。大韓民国の正式な発音は「テ―ハミング」です。「かんこく」といった呼び方は日本人が勝手に自国の漢字の読み方に合わせて呼んでいるにすぎません。アジアの人を見下しているためとしか考えられません。  →被害妄想も甚だしい

支那・・・太平洋戦争前後から、中国に対して侮蔑的に使われた経緯があり、完全な差別用語である。  →彼らが嫌いな石原慎太郎氏が、使用するので「差別」というのかも知れないネエ・・・。だが、英語のChinaから生れた呼称で、差別用語ではない

日韓、日中・・・なぜ、日本の「日」を先に表記するのでしょう。あくまで日本が上である、という思い上がりの表れです。我々日本人が過去に犯した罪の重さを考えるのであれば、「韓日」「中日」と表記するのがせめてもの誠意であるといえましょう。  →極めて自虐的である。我々からは「日米安保」と呼び、「米日」とは呼ばない

・・・このくらいにしておくが、本来の“人権”とは別次元であり、過剰な“言葉狩り”そのものである。

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