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2013年7月12日 (金)

≪漢詩鑑賞≫新豊の臂(うで)を折りし翁(白居易)

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新豊の臂を折りし翁  白居易

新豊老翁八十八  新豊の老翁八十八

頭鬢眉鬚皆似雪  頭鬢眉鬚皆雪に似たり

新豊のじいさんは、数え年で八十八。髪の毛も、びんの毛も、まゆも、あごひげも、どれもこれもすべて雪のように真っ白である。

玄孫扶向店前行  玄孫に扶(たす)けられて店前に向かいて行く

左臂憑肩右臂折  左臂(さひ)は肩に憑(よ)り右臂(うひ)は折る

問翁臂折來幾年  翁に問う臂折れてより幾年ぞと

兼問致折何因縁  兼ねて問う折るを致せしは何の因縁ぞと

やしゃごに抱きかかえられて、茶店の前を行く。左の臂は肩にすがり、右の臂は折れ曲がっている。「じいさんよ、その腕を折ってから何年になるのかね」「それにまた、どんなわけで折るはめになったのかね」

翁云貫屬新豊縣  翁は云う貫は新豊県に属し

生逢聖代無征戦  生れて聖代に逢い征戦無し

慣聴梨園歌管聲  梨園歌管の声を聴くに慣れ

不識旗槍輿弓箭  識らず旗槍(きそう)と弓箭(きゅうぜん)とを

じいさんは答えていう。「私の本籍は新豊県」「よい時代に生れあわせて、戦争などということはございませんでした」「梨園の歌声と音楽を聴くことに耳は慣れ親しみ」「旗や槍、弓矢のことなど知らずに過ごしてまいりました」

無何天寶大徴兵  何(いくばく)も無く天宝大いに兵を徴し

戸有三丁點一丁  戸に三丁有れば一丁を点ず

點得驅將何處去  点じ得て駆(か)り将(も)て何処にか去る

五月萬里雲南行  五月万里雲南に行く

しかし、まもなく天宝の時代になり、大規模な徴兵がございました。一家に三人の壮丁がおれば、一人が兵隊に取られたのでございます。兵隊に取られて駆りたてられ、どこへ行くのかと申しますれば、夏も五月、万里の彼方の雲南まで行くとのこと。

聞道雲南有瀘水  聞道(きくならく)雲南に瀘水(ろすい)有り

淑花落時瘴煙起  淑花(しょうか)落つる時瘴煙(しょうえん)起こり

大軍徒渉水如湯  大軍徒渉(としょう)するに水は湯の如く

未過十人二三死  未だ過ぎざるに十人に二三は死すと

村南村北哭聲哀  村南村北哭声(こくせい)哀し

兒別爺嬢夫別妻  兒は爺嬢(やじょう)に別れ夫は妻に別る

皆云前後征蠻者  皆云う前後蛮を征する者

千萬人行無一廻  千万人行きて一の廻る無しと

聞きますれば、雲南には瀘水とか申す川があり、山椒の花が落ちる頃に、毒ガスが生じて、大軍が歩いて渡っていると、川の水は湯のように熱くなり、渡りきらないうちに、十人に二三人は死んでしまうそうで、村の南からも北からも、悲しい泣き声がもれておりました。息子は父母と、夫は妻と、それぞれ別れをかわしたのでございます。だれもかれも言っておりました。あとにもさきにも、南方の蛮族を征伐に行って、千人万人に一人すら帰ってこないと。

是時翁年二十四  是の時翁の年二十四

兵部牃中有名字  兵部の牃中(ちょうちゅう)に名字有り

夜深不敢使人知  夜深けて敢て人をして知らしめず

偸將大石縋折臂  偸(ひそか)に大石を将て縋して臂を折る

この時、わたしも二十四歳。当然、兵部の徴兵カードに、私の名前が載っておりました。人に知られないよう、夜がふけるのを待って、こっそりと大きな石で、わが腕をたたき折りました。

張弓簸旗倶不堪  弓を張り旗を簸(ふりあ)ぐ倶に堪えず

従玆始免征雲南  玆(こ)れ従(よ)り始めて雲南に征くを免る

骨砕筋傷非不苦  骨砕け筋傷(やぶ)るは苦しからざるに非ず

且圖揀退歸郷土  且つ図る揀退せられて郷土に帰らんことを

弓を引くことも、旗を持つこともできなくなり、それでやっと雲南に行く身を逃れたのでございます。骨が砕け、筋肉が破れて苦痛でないはずもありませんが、ともかく不採用になって、故郷に帰されるようもくろんだのでございます。

臂折來來六十年  臂折りてより来来(このかた)六十年

一肢雖癈一身全  一肢廃すと雖も一身全し

至今風雨陰寒夜  今に至るまで風雨陰寒(いんかん)の夜

直到天明痛不眠  直ちに天明に到るまで痛みて眠られず

痛不眠        痛みて眠られざるも

終不悔        終(つい)に悔いず

且喜老身今獨在  且つ喜ぶ老身今独り在るを

腕を折ってから六十年になりますが、手の一本こそ役立たずになったものの、命の方は助かりました。現在でも、天気の悪い寒い夜には、ずっと夜が明けるまで、苦痛のため眠ることができません。しかし、苦痛のために眠られなくとも、決して後悔はしません。ともかく老いぼれの身ではありますが、現在までただ一人生き残れたのはうれしゅうございます。

不然當時瀘水頭  然らずんば当時瀘水の頭(ほとり)

身死魂孤骨不収  身死し魂孤にして骨収められず

應作雲南望郷鬼  応に雲南望郷の鬼と作(な)りて

萬人冢上哭呦呦  万人冢上(ちょうじょう)に哭して呦呦たるべし

老人言        老人の言

君聴取        君聴取せよ

そうでなかったならば、あのとき瀘水とか申す川のほとりで、この身は死んで、魂は孤独にさまよい、骨も野ざらしのまま、きっと僻遠の地である雲南で、故郷を恋いこがれる者となって、万人塚の上で、哀れに泣いていたことでございましょう。この老人のことばを、君たちよ、しっかり耳を傾けて聞きたまえ。

君不聞        君聞かずや

開元宰相宋開府  開元の宰相宋開府

不賞邊功防黷武  辺功を賞せず武を黷(けが)すを防ぎしを

又不聞        又聞かずや

天寶宰相楊國忠  天宝の宰相楊国忠

欲求恩幸立邊功  恩幸を求めて辺功を立てんと欲す

邊功未立生人怨  辺功未だ立たざるに人の怨みを生ず

請問新豊折臂翁  請う問う新豊の臂を折りし翁に

君たちは聞いたことはないか。あの開元の時代に宰相となって政治を取りしきった宋開府のことを。辺境での戦功を賞の対象とせず、みだりな戦争を防いだという。また聞いたことはないか。天宝の時代に宰相の地位についていた楊国忠のことを。天子の恩寵を求めて、みだりな辺境の戦争で功を立てたものの、しかしその功を立てぬうちに、人々の怨みを買ったのだ。

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