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2013年4月30日 (火)

≪漢詩鑑賞≫鏡に照らして白髪を見る(張九齢)

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陽気も良くなり、ビールがうまい季節である。先週末、『江戸前ビストロ・EDOGIN』(新橋)に行ってビールとワインを飲んだ。(写真上は、店主の鎌田高生君)

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鏡に照らして白髪を見る  張九齢<五言絶句>

宿昔靑雲志  宿昔青雲の志

蹉跎白髪年  蹉跎たり白髪の年

誰知明鏡裏  誰か知らん明鏡の裏

形影自相憐  形影自ら相憐れまんとは

※宿昔(しゅくせき)  むかし

※青雲の志  青雲は、高い身分の象徴。立身出世をしようという志

※蹉跎(さた) 失敗して思いどおりにならないでいるうちに、時期を逸すること

※形影(けいえい)  鏡の前にある当人の肉体と、鏡に映っている映像

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昔は、巧名をあげて出世する大志をいだいていた。しかし、志を果さず、いつのまにか白髪の年になってしまった。

だれが予想したであろう、鏡の中で、私と私の影とが互いに憐れみ合うとは。

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◆老いの感慨

これは、「老いの感慨」をうたっている詩である。

作者の張九齢は、“科挙官僚”として宰相に就くなど、客観的には「青雲の志」を果たした人物と言える。

誰でも、人生を振り返った時、「志を(完璧に)果した」と、振り返る者は、一人もいない。

張九齢ですら、「老年になって志を果さず、鏡に映る己の白髪を悲しんでいる」と、詩の中でうたっている。

それが、万人共通の『老いの感慨』だと思う。

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