« 今回の「選挙無効」(広島高裁:判決)について | トップページ | 事業欲という煩悩 »

2013年3月27日 (水)

≪漢詩鑑賞≫陶淵明の『雑詩』(五言古詩)

Zz_tnk_shan3c

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆序列社会

今も昔も、中国・漢民族は、序列社会である。

その序列社会で「出世」するには、次の二つしかなかった。

①「家柄」が、(先祖の血筋がモノをいう)高級貴族であること。

②「科挙」試験に合格して、官吏になること。

(「科挙」試験の重要科目が「詩作」であった。)

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆政治と詩

昔から中国では、詩を詠ずることが政治家の要諦とされていた。

陶淵明(365~427)は、私が好きな詩人の一人である。

しかし、「三流貴族」出身の陶淵明は、官位昇進も捗捗しくなかった。

その為、しだいに役人生活に希望を失っていく。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆隠遁詩人・陶淵明

田園に帰ろうと決心する。

その後、陶淵明は、死ぬまでの間、隠遁詩人として活躍する。

この詩も、その頃の作品である。

陶淵明の『雑詩』は、全部で12首ありテーマも様々であるが、この詩はその一つである。

====================

 雑詩   <五言古詩>

人生無根蔕  人生根蔕無し

瓢如陌上塵  瓢として陌上の塵の如し

分散逐風轉  分散して風を逐いて転ず

此已非常身  此れ已に常の身に非ず

落地爲兄弟  地に落ちて兄弟と為る

何必骨肉親  何ぞ必ずしも骨肉の親のみならん

得歉當作樂  歓を得ては当に楽を作すべし

斗酒聚比隣  斗酒比隣を聚む

盛年不重來  盛年重ねて来らず

一日難再晨  一日再び晨なり難し

及時當勉勵  時に及んで当に勉励すべし

歳月不待人  歳月は人を待たず

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雑詩 (一種の無題詩)

人の命(人生)はしっかりとつなぎ留めておく根も蔕(へた)もなく、その定めない様(瓢として)は、まるで路上(陌上)の塵のようだ。

ちりじりに風にしたがってまろびゆく。これは一定不変(常身)の身ではない。

この世に生まれ落ちれば(落地)だれでも兄弟。どうして肉親の間だけが親しいものであろうか。

憂き世に生きる我らであるから、歓楽の時を得たら楽しむのは当然であろう。一斗の酒で隣り近所(比隣)を集め(聚む)、大いに飲もうではないか。

若い時(盛年)は二度と来ないし、一日のうちに朝(晨)は二回来ないのだ。

よい時を得たら逃すことなく精いっぱい楽しむのだ。年月はどんどん流れていって、人を待ってはくれないのだから。

=====================

|

« 今回の「選挙無効」(広島高裁:判決)について | トップページ | 事業欲という煩悩 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564386/57042894

この記事へのトラックバック一覧です: ≪漢詩鑑賞≫陶淵明の『雑詩』(五言古詩):

« 今回の「選挙無効」(広島高裁:判決)について | トップページ | 事業欲という煩悩 »