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2012年12月30日 (日)

≪漢詩鑑賞≫江頭に哀しむ(杜甫)

Taoran_ting343

この詩は、杜甫46歳の作である。

長安での幽閉中、曲江を訪れ、華やかな過去を思い、人の世の移り変わりの激しさを悲しんでうたった作品である。

玄宗と楊貴妃の事を詠った詩としては、これと白居易の『長恨歌』が双壁とされる

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哀江頭  江頭に哀しむ  (杜甫)

少陵野老呑聲哭  少陵野老声んで(こく)

春日潛行曲江曲  春日(しゅんじつ)潜行曲江

江頭宮殿鎖千門  江頭(こうとう)宮殿千門(とざ)

細柳新蒲爲誰綠  細柳(さいりゅう)新蒲(しんぽ)か緑なる

憶昔霓旌下南苑  憶昔霓旌(げいせい)南苑りしを

昭陽殿裏第一人  昭陽(しょうよう)殿裏(でんり)第一人

同輦随君侍君側  輦(れん)じうして君側(そく)

輦前才人帶弓箭  輦前(れんぜん)才人弓箭(きゅうせん)

白馬嚼齧黄金勅  白馬嚼齧(しゃくけつ)黄金(くつわ)

翻身向天仰射雲  身していで

一箭正墜雙飛翼  一箭(いちぜん)双飛翼(そうひよく)

明眸皓齒今何在  明眸(めいぼう)皓歯(こくし)今何くにか

血汚遊魂歸不得  血遊魂(ゆうこん)して

淸渭東流劒閣深  清渭(せいい)東流剣閣(けんかく)

去佳彼此無消息  去佳(きょじゅう)彼此(ひし)消息無

人生有情涙沾臆  人生情有涙臆(おく)(うる)おす

江水江花豈終極  江水江花豈(あ)まらんや

黄昏胡騎塵滿城  黄昏(こうこん)胡騎(こき)(ちり)

欲往城南忘南北  城南(ゆ)かんとして南北

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少陵(この付近に杜甫の家があった)の田舎親父である私は、声をしのんで泣きながら、この春の日に人目をさけて曲江のほとりを行く。

江のほとりに建つ宮殿は、多くの門(千門)を閉ざしたまま人の出入りも絶えている。それなのに、柳の細い枝や蒲の新芽は誰に見せようとして、青々と伸びているのだろうか。

思えばその昔、天子の虹の色をした旗(霓旌)がこの南苑に行幸して来た時には、苑中のすべての物はみな生き生きとかがやいたものであった。

その中にあって、昭陽殿の第一のお方(ここでは楊貴妃を指す)は、天子の車に同乗し、天子に随って側に侍っていた。

み車の前の女官(才人)たちは、弓と矢を持ち、白馬は黄金づくりの勅(くつわ)をかみ切らんばかりに勇みたつ。

女官たちは身を翻して、天を仰いで雲を射ると、一本の矢(一箭)でまさに二羽の鳥(雙飛翼)を落とすのであった。

今や、あの美しい(明眸酷歯=明るい瞳と白い歯で美人を形容する)お方はどこにおられるのだろうか。血に汚されたさまよえる魂(遊魂)は、帰れないままさまよっているのだ。

清らかな渭水の水は東に向かって流れ、剣閣山には奥深いところがある。去った者(玄宗)と、ともに行けなかった者(楊貴妃)とは、互いに消息が絶えた。

人生は多情だ(人生情有り)。このことを思うと涙が私の胸をぬらす(沾臆)。無情の曲江の水や岸に咲く花はつきることはない。

たそがれ時、賊(胡騎)のたてる塵埃が長安市内をたちこめる。町の南に行こうとして、方角がわからなくなってしまった(城南に往かんと欲して南北を忘る)

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