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2012年12月29日 (土)

“安全・危険”は、人知の及ぶところではない

Imge

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◆餅は餅屋

「餅は餅屋」という諺がある。

物ごとにはそれぞれの専門家があり、素人の及ぶところではない、という意味である。

特定分野に“精通”している人の事を、専門家(餅屋)と云う。

それ故、専門家は尊敬され、その判断は尊重されなければならない。

「餅は餅屋」には、そのような意味もある。

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◆活断層を巡る論議

だが最近は、専門家の判断が、どうも信用できなくなっている。

そもそも専門家はいるのか?

特に、原子力規制委員会と電力会社との“活断層”を巡る論議では、お互いに見解が異なる。

「誰が(どの分野の)専門家か?」さえハッキリしない。

「活断層の存在を完全に否定する根拠は見当たらない」という妙な言い回しがある。

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◆“安全基準”神話

自然の災害は、起きる時は明日にも起こるし、起こらない時は10万年間も起こらない。

予測しにくいのが大自然の災害である。

現在、原子力規制委員会で原発の“安全基準”を決める事になっている。

しかし、基準が厳しければ「安全」、基準が緩やかであれば「危険」とは言えないのである。

“安全基準”神話が生まれる事すら危惧される。

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◆判らない事も含めて情報開示せよ!

原子力規制委員会は、「(失った)信頼を回復する事に努力する」と会見で述べている。

だが、「信頼を回復する事」が大切ではない。

大切な事は、未知なる事に謙虚になり、「安全」とその裏返しの「危険」という妙な“神話”を生まないようにすることである。

問われているのは、判らないことも含めての〝情報開示”である。

「安全」「危険」は人知の及ぶところではないという大前提に立つべきである。

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