« 脱原発を軸に嘉田新党?好きにやったらいい! | トップページ | 奇術の様な日本未来の党 »

2012年11月28日 (水)

≪読書感想≫ 『福田恆存 思想の〈かたち〉』(浜崎洋介著)

Imagecaf9e58g

◆ダイエット効果(?)

スパ&フィットネス『ゼクシス千葉』に通っている。

そのせいか、食事制限なしで、ストレッチと筋トレだけで体重が8kgくらい減った。

少しだけ「腹筋」(?)も見えてきた。(笑)

おかげで65歳になって、ようやくダイエットに成功している幸せな日々である。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆散歩と読書

散歩道の途中には、『千葉市中央図書館』がある。

時々私は立ち寄って面白い本を借りる。

これは私の短所の一つだが、難解な本を、最後まで読破する<知的体力>はない。

私が借りる本は「短編小説」や「エッセイ集」が主である。

先日借りた『福田恆存 思想の〈かたち〉』(浜崎洋介著)は、私の<知的体力>を遙かに超えていた。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆「目次」に反応

私が、この本を借りた理由は、次のような「目次」が目に入ったからである。

序章 福田恆存と「保守」

Ⅰ 戦後史における福田恆存評価ー1980年代まで

Ⅱ 江藤淳からの距離ー福田恆存の「保守」派批判

Ⅲ 三島由紀夫からの距離ー福田恆存の二元論

Ⅳ 「国家」からの距離ー福田恆存の清水幾太郎批判

Ⅴ 本書の立場ーその構成・方法・課題

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり、「目次」にある福田恆存、江藤淳、三島由紀夫、清水幾太郎という「ブランドネーム」と、「保守」という用語に、条件反射的に<反応>したのである。

私はミーハーである。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆形而上学としての「保守」論

「あきらめない精神」は私の長所(笑)だから、兎も角、最後まで読み終えた。

理解できないまま速読して、ドッと「疲れ」が出た。

どうして学者の論述する「保守」論は、こうも堅苦しくて難解で退屈なのだろうか?

「記号」のような「言葉」が羅列しており、まるで抵抗を感じる。

もっと“浅田次郎風”に書けないものか?

正直な感想である。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆政治としての「保守」論

ただ私の心に沁みたのは、次の部分である。

「いったいこの世の中に私情以上に強烈な感情があるか」と反問して、「どんな正義や正当化によってもぬぐえない」「私情」に徹していった江藤淳は、紛れもなく文学者として一貫していたのだと言える。

文学者が「文学」の鎧を着た「形而上学」としての「保守」論争である。

だが、「保守」論争とは、目の前にある「政治」をどうするか?「政治」論争である。

====================

≪追記≫

私はフッと思った。

第3極と言われる政治の世界だが、「暴走老人」石原慎太郎が、「日本維新の会」代表として、声を挙げている。

嘉田知事が、「卒原発」をテーマに新党(未来の党)を立ち上げた。(結構なことである)

作家の大江健三郎が以前、「脱原発・反原発」集会で、政治的メッセージを読みあげていた。

ならば、大江健三郎が(音楽家の坂本龍一でも良いが・・・)「脱原発党」の党首になったら面白いではないか?

====================

|

« 脱原発を軸に嘉田新党?好きにやったらいい! | トップページ | 奇術の様な日本未来の党 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564386/56208231

この記事へのトラックバック一覧です: ≪読書感想≫ 『福田恆存 思想の〈かたち〉』(浜崎洋介著):

« 脱原発を軸に嘉田新党?好きにやったらいい! | トップページ | 奇術の様な日本未来の党 »