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2012年10月15日 (月)

(原発)事故の本質は人災

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孫の隼弥君(3歳)の描いた絵(運動会当日)!!

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◆30年前の福島原発見学

30年前、東電労組の人と一緒に、福島の原子力発電所を訪問した事がある。

原子力発電所に到着すると、東電社員が施設内(見学コース)を案内してくれた。

総じて「原発は安全に出来ている」「原子力の社会貢献」という説明内容だった。

その時は、「絶対安全」とは断言できないが、「些細なトラブルくらいは人間の手で処理できる」と思った。

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◆反対運動の本末転倒

「原発反対」の運動は当時から存在していた。

彼らは、「安全性」を追及することが目的ではなく、「原発反対」が目的であった。

それ故、安全の為の「備え」に対しても、逐一反対した。

「原発は安全」という東電に対して、「安全なら(お金がかかる)備えは必要ないだろう!」という理屈である。

反対運動もまた安全性よりも経済性を優先させた・・・本末転倒である。

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◆「備え」を怠った・・・

最近になって、ようやく一部「昨年の3・11以降の現場の模様」が公開された。

官邸・経産省・東電本社・現場それぞれが「想定外のこと」として、混乱していた事が分かる。

福島原発事故は、事故対応のシステム不足と、「備え」を怠った明らかに人災である。

地震や津波は、天災だから避けられないが、人災は避けられたハズである。

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◆(原発)事故の本質は人災

①事前の「備え」、②事後の「危機管理」の両方で福島原発事故は、人災である。

脱原発デモに参加する人は、「放射能が怖い」「原発が怖い」と叫ぶ。

だが、怖いのは「放射能」や「原発」ではない、人間が怖い、人間の「慢心」が一番怖いと言うべきである。

事故の原因は、常に“人間”の「慢心」の中にある。

それ故、事故の本質は人災なのである。

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