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2012年9月25日 (火)

≪読書感想≫怪と異と奇(聊斎志異)

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◆夢の中で夢を見る

いつもの図書館で、『怪と異と奇』という奇妙なタイトルに魅かれて、借りて読んでみた。

この本は、中国・明時代の“怪談短編小説集”である。

読後、夢幻と現実の交錯の中で、現実が何か?読んで分からなくなるような、不思議な感覚に陥るのである。

まるで、夢の中で夢を見ているような感覚である。

何時までたっても現実に辿り着けない感覚である。

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◆死後の世界

我々日本人には、「人は死ねば仏になる」(=成仏)という仏教の概念や、「死して神の御霊として祀られる」という神道の文化がある。

割と、死後の世界を<美しく>捉える傾向にある。

だが、中国においては「成仏」とか「英霊」という<美しい>概念がない。

『怪と異と奇』の短編小説には、鬼がしばしば登場する。

鬼とは、中国では、死者の魂、亡霊の意である。

この世に強い思いや恨みを残すので、いつまでも鬼となって彷徨うのである。

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◆漢詩『兵車行』(杜甫)の鬼

中国文学では、この世に強い思いや恨みを残してさまよう<鬼>が、しばしば登場する。

「車轔轔(りんりん) 馬簫簫(しょうしょう)」で始まる杜甫の漢詩『兵車行』は、終わりは次のようにある。

古來白骨無人収  古来白骨人の収むる無きを

新鬼煩冕舊鬼哭  新鬼は煩冤(はんえん)し旧鬼は哭(こく)

天陰雨濕聲啾啾  天陰(くも)り雨湿(けぶ)るとき声啾啾(しゅうしゅう)

新旧の鬼(亡霊)が、啾啾(シュウシュウ)とすすり泣く場面は、凄まじい怨念の迫力である。

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◆死生観

訳者の浅井喜久雄先生は、<あとがきのあと>で、「恩を石に刻め、恨みは水に流せ」という諺について、“尊敬すること、恩を知る”は、「漢民族特有の倫理感情」であると書いている。

日本人の私には、良く解らない部分である。

多分、漢民族と大和民族とでは、死生観(=倫理観)が異なるのだろう。

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◆現世と来世

「恩を石に刻め、恨みは水に流せ」とは、飽くまで「現世利益」を追及する生き方である。

一例をあげれば、“借りは、生きている間に返す”というものである。

我々大和民族は、現世の内に陰徳を積み、死して仏や神になる(輪廻転生)という、「来世」を重視する生き方である。

一例をあげれば、“死んでお詫びをする”というものである。

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