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2012年8月 1日 (水)

いじめ防止の為

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◆いじめは卑怯だ!

「喧嘩」、「いたずら」等は、“こどもの世界”では、頻繁に起きている。

「子どもの喧嘩」「子どものいたずら」といって見過されることも多い。

だが、「加害者」と「被害者」がいる場合は、見過ごせない。

「加害者」が大勢いて「被害者」が一人の場合、(力の差が歴然としていて)一方的な場合、これを「いじめ」と呼ぶ。

「いじめ」は卑怯な事である。

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◆教育の限界

大人の世界では、法律ルールで判断され、子どもの世界では、教育ルールで判断される事が多い。

だが、最近起きている「いじめ事件」は、教育ルール以前に“犯罪”であるが、学校現場では、“犯罪”であることを隠す風潮がある。

この隠蔽体質が、「いじめ事件」「少年犯罪」の温床となっている。

教育者は、「教育」を過信する傾向があるが、むしろ「教育の限界」を知るべきである。

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◆警察が介入すべき

犯罪であれば、当然警察が介入すべきである。

学校は、教育の場ではあるが「治外法権の場」ではない。

「いじめ」防止対策としては、(抑止力として)警察の学校常駐、防止パトロールなども必要である。

「被害者」の立場に立てば、「警察の介入」ほど心強いものはない。

警察は、善良な人々の「味方」なのだから・・・。

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