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2012年6月23日 (土)

原発と「我が国の安全保障」

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原子力には、核兵器と違う「平和利用」がある(別物だ)という“建て前”がある。だが、「原子力」も「核」も、英語で言えばNUCLEARである。別物ではなくて同じである。

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◆原発と「我が国の安全保障」

原子力関連法に「我が国の安全保障に資する」という言葉を入れたことが波紋を呼んでいる。

藤村官房長官は、「原子力を軍事転用する考えは一切ない」「核武装へ進む道を開くものではない」「非核三原則(核兵器を作らず、持たず、持ち込まない)を堅持する」と言っている。

だが、これはウソである。

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◆ウソも方便

「我が国の安全保障に資する」は、(将来の)核武装への「法的な可能性」を残したものである。

原発でできたプルトニウムを「安全保障に資する」とは、原発技術の軍事転用(各兵器の為につかう)と同じ意味である。

藤村官房長官の発言はウソ(ゴマカシ)である。

だが、ウソも方便と言うこともある。

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◆中国に対する抑止力

我が国の安全保障を考えた場合、“中国に対する抑止力”が主な課題である。

佐藤栄作総理(故人)は、米国との「核の密約」を最後まで“否定”した。

公然たる事実=「核の密約」を否定する事で、中国に対しては“無言の(核の)抑止力”になった。

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◆性急な核武装化には反対

私は、性急な“(日本の)核武装化”には反対だ。

何故なら、北朝鮮のようにNPT体制の外で核武装をすれば、(米国も含めて)国際的に孤立するからだ。

石原都知事は、「日本は核武装すべきだ」「核武装しなければ、一人前に扱われない」と発言している。

都知事の「立場」で、「核武装論」を主張する事は言論の自由だ。

そのような「核武装議論」は大いにやること自体が、中国に対しては“有言の(核の)抑止力”となる。

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◆政治的・軍事的配慮を

当面は、米国の“核の傘”に守られながら、「核武装」について議論をすべきである。

原発を全廃したり、「原子力」の研究・開発を「放棄」するだけでは、中国・韓国が喜ぶだけである。

当時の佐藤栄作総理の<強かなウソ>が、我が国の安全保障には必要である。

いずれにせよ、政治的・軍事的配慮が必要だ。

難しい問題だが、そのように私は考えている。

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