« 政治家・石原慎太郎に期待する | トップページ | のんびりと国会中継を観ていて・・・ »

2012年2月 1日 (水)

≪漢詩鑑賞≫去る者は日に以て疎し

49

去る者は日に以て疎し 無名氏(出典は『文選』)

去者日以疎  去る者は日(ひび)に以て疎(うと)まれ

來者日以親  来る者は日に以て親しまれる

出郭門直視  郭門(かくもん)を出でて直視すれば

但見邱與墳  但だ邱(きゅう)と墳(ふん)とを見る

古墓犂爲田  古墓は犂(す)かれて田と為り

松柏摧爲薪  松柏は摧(くだ)かれて薪と為る

白楊多悲風  白楊(はくよう)に悲風(ひふう)多く

簫簫愁殺人  簫簫(しょうしょう)として人を愁殺す

思還故里閭  故里の閭(りょ)に還(かえ)らんと思い

欲歸道無因  帰らんと欲すれども道因(よ)る無し

=====================

去りゆく者は日ごとに忘れられ、来る者は、日ごとに親しまれる。城の門(郭門)を出てあたりを見渡すと、目に映るのは、ただ大小様々な墓(邱與墳)ばかり。古い墓地は、いつしか犂かれて田畑となり、(青々とした)松柏の木々も摧かれてやがて薪と為る。

はとやなぎ(白楊)の木に吹く秋風もひときわ悲しく(悲風)、さらさらとした葉音(簫簫)までが人を深くもの思いに沈ませる。そんな時は、そぞろに故郷(故里閭)が恋しくなって帰りたいと思い、いざ帰ろうとするけれども今はその道さえ閉ざされてしまった。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

「去る者は日々に疎し」という有名はことわざは、この詩を出典とする。

『白頭を悲しむ翁に代る』(劉希夷)の「已に見る松柏の摧かれて薪と為る」「更に聞く桑田の変じて海と為る」は、この詩の「古墓は犂かれて田と為り」「松柏は摧かれて薪と為る」が用いられている。

最後の、「故里の閭に還らんと思い」「帰らんと欲すれども道因る無し」の二句は、とりわけ聞くものを「愁殺」(=憂い悲しむ)するのである。

人生流転の≪旅≫が、この詩の主題である。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ馬の口をとらえて老いを迎うる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。・・・・・・  (『奥の細道』より)

======================

|

« 政治家・石原慎太郎に期待する | トップページ | のんびりと国会中継を観ていて・・・ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564386/53875160

この記事へのトラックバック一覧です: ≪漢詩鑑賞≫去る者は日に以て疎し:

« 政治家・石原慎太郎に期待する | トップページ | のんびりと国会中継を観ていて・・・ »