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2012年1月 3日 (火)

『風雅のひとびと~明治・大正文人俳句列伝』(高橋康雄著)

晦日から正月にかけてこの本『風雅のひとびと』(朝日新聞社発行)を読んでいる。『俳句朝日』の『風雅の人々』の連載を一冊にまとめたものである。

実に味わい深い本で面白い。文人たちの生きていた明治・大正期の世俗の香りが伝わる。正月にゆっくり読むには相応しい本である。

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◆手習い時代

三十銭を持って石橋思案と大森蒲田の梅見にいったのである。梅はまだ莟(つぼみ)であった。このとき紅葉は初めて俳句を発表した。(16p)

不可もなし香もなし梅の莟かな

◆風流の交わり

「やあ、尾崎君も見えていたのかい」と露伴がぬっと顔を出した。(20p)

◆紅・露始動する

ー春風にそよぐ柳のみだれ髪、寐起きのまゝの花の顔、向ふ鏡にはづかしく見る目おぼろの遠山桜、雲とまがふや薄化粧、婀娜(あだ)な姿に思が増すぞへー(24p)

◆妙文字の西鶴を論じる

椿岳は「いままでさまざまなことをしてみせたが、死んでみるのはこれが初めて」と口ずさんで息を引き取った。(31p)

◆硯友社の俳句熱

「そうそう。露伴君によれば芭蕉は紫式部の故事にならって石山寺に参詣し、源氏の間を見て一句詠んだと言っていたな。ええと忘れたな」とその一句を思い出せない紅葉。紅葉が失念した芭蕉の一句とは「曙はまだ紫にほととぎす」(元禄三年)である。(44p)

◆紅葉、鷗外と出会う

紅葉らは夜のふけるのも忘れて歓談にふけった。誰に会っても旧知のように胸襟を開く、社交上手な紅葉は『新著百種』のシリーズに鷗外にも加わってくれるようたのんだ。鷗外は快く承知した。(47p)

◆“女子を観察すべし”

鷗外の『舞姫』にも、紅葉にたのまれて執筆した『文づかひ』にも、「まことの恋」と「いやしき恋」とのジレンマに翻弄される明治の“恋物語”のありさまが観察できる。(52p)

◆鏡花、紅葉門に入る

「先生、来客ですがー」と鏡花が訊く。「留守だと断れ」と紅葉。(65P)

◆露伴門を叩いた子規

子規は寡黙に耳をかたむけるばかり。もうすこし時間が必要だ。ところで俳諧のほうは随分、鍛錬を重ねているように見受けましたがね」と露伴は話題をかえた。「松山の友人たちとやっています」と子規。(71p)

◆詩人誕生

小説家と詩人とを別物とする理屈はというと判然としないのだが、子規は強いて区別するならという意味で碧梧桐に宛てて次の理由を記した。「人間よりは花鳥風月がすき也」(同年五月二十八日)(78P)

◆漱石、俳句に親しむ

一ヵ月後には「小子の考へにはつまらなくても何でも卒業するが上分別と存候願くば今一思案あらまほしう」(同年七月十九日)と漱石は再三、学業の持続をうながしている。後者のほうの文末には漱石の一句がしたためてある。(80p)

鳴くならば満月になけほとゝぎす  漱石

(以下、省略)

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