« 民主党政権自体が“問責”(=総選挙)の対象 | トップページ | 野田佳彦『融和政治』の限界 »

2011年12月 9日 (金)

戦争を語る時

Img_1197169_34648982_0

◆昨日(12月8日)は、真珠湾攻撃(日米開戦)の日

大東亜戦争(太平洋戦争)は、昭和16年12月8日に始まった。日本はアメリカと戦争をした。

正確に言えば、70年前、日本は“国権の発動としての戦争”をしたのである

そして、昭和20年8月15日に戦争は終結した

つまり、日本国はポツダム宣言を受諾し、連合国に“無条件降伏”を通告した。そして、天皇陛下の玉音放送が流されたのが8月15日である。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆自虐的に戦争を語る人

昨夜、報道ステーションで古館伊知郎氏が、“真珠湾攻撃の日”の記念式典に絡めて次のように「戦争」を語っていた。

(戦争は)悲惨であるから・・・

①(日本は)二度と起こしてはならない

②(日本は)過ちはくり返さない

・・・この二つは、「戦争」を語る時、当たり前のようにくり返される「フレーズ」である。

「日本国」が戦争を引き起こして、「日本国」だけが過ちを犯したという、≪自虐的≫精神構造である。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆「日本国」だけが悪かったのか?

昨夜の古館氏によると、戦争を引き起こしたのは日本で、過ちはすべて日本にある。

・・・果たして、そうだったか?

欧米列強のアジアに対する植民地支配と、日本に対するABCD(アメリカ・イギリス・中国・オランダ)包囲網の兵糧攻めの中、日本は「戦争」以外に生き残る道はあっただろうか。

昭和20年、B29爆撃機で日本人を無差別に殺戮したのは、広島と長崎に無慈悲に原爆を投下したのは、“米国大統領の命令による米軍”である。

「正義の戦い」とまでは言わないが、「過ちはすべて日本にある」というのはまったくもって正しくない。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆終戦の日はいつ?

昨日、千葉県倫理法人会のホームページに次のようなブログ記事が載っていた。

「・・・やがて多くの戦争犠牲者のもと昭和20年9月2日に戦争終結となり・・・云々」(12月8日潤間先生のブログ『今日は何の日』より)

9月2日というのは、間違いである。

この日は、東京湾上の戦艦『ミズーリ』甲板で降伏文書に正式に調印した日であるが、終戦の日ではない。8月15日が、終戦の日である。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆北方領土の問題とも関連する「終戦の日」

終戦の日はいつ?ということは、ロシア(当時は旧ソ連)による北方領土(日本国固有の領土)への不法占領にも関連するので、正しく理解するべきである。

戦争中だった8月9日、ソ連極東軍は突如国境を越えて満州に総攻撃をかけた。日ソ中立条約(1946年4月25日に失効)の有効期限内のことであった。

さらに8月15日、日本が無条件降伏した後も、ソ連極東軍による侵略行為は続いた。8月28日、択捉島に上陸し、9月3日までに国後・色丹・歯舞群島の占領を完了した。

ロシア(旧ソ連)が、9月3日を「終戦の日」とするのは、自らの侵略行為を正当化する事に他ならない。

☆・・・・・・☆・・・・・・☆・・・・・・☆

◆「終戦の日」についての誤謬

9月2日というのは、多くの『高校日本史』の教科書に「終戦の日」とされているがこれは間違いである。

「実際には、日本はロシア(旧ソ連)との間の“戦争状態”は、9月2日までは続いた」と主張する人がいる。

しかし、日本が無条件降伏した後の“戦争状態”とは、ロシア(旧ソ連)による不法侵略・略奪行為であって“戦争行為”では断じてない。

中国もまたロシア(旧ソ連)と同じく、9月3日を「抗日戦勝記念日」としている。

「終戦の日」についての日本人自らの誤謬は、単なる「戦争の法解釈」の問題ではない。領土問題の正しい理解を妨げ、ロシア(旧ソ連)の不法占領を我々日本人が“助ける”ことになるのである。

D0007923_22544058

===================

|

« 民主党政権自体が“問責”(=総選挙)の対象 | トップページ | 野田佳彦『融和政治』の限界 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564386/53440229

この記事へのトラックバック一覧です: 戦争を語る時:

« 民主党政権自体が“問責”(=総選挙)の対象 | トップページ | 野田佳彦『融和政治』の限界 »