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2011年12月21日 (水)

≪漢詩鑑賞≫夏目漱石晩年の漢詩

S1

文豪・夏目漱石の晩年の作品である。ある種の悟りの境地を詠んでいて、自分の死を予言するかのようである。

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無題 <五言絶句> 明治43年9月29日作

仰臥人如啞  仰臥(ぎょうが)人啞(あ)の如し

黙然見大空  黙然(もくねん)大空(だいくう)を見る

大空雲不動  大空雲動かず

終日杳相同  終日杳(よう)として相同じ

仰向けに寝たまま、唖のように黙りこくっていると、大空が見えた。大空には雲がじっと動かずにいて、一日中、雲と私とは、果てしなく共にそこにあった。

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無題 <七言律詩> 大正5年11月20日夜作

眞蹤寂寞杳難尋  真蹤(しんしょう)寂寞として尋ね難し

欲抱虚懐歩古今  虚懐(きょかい)を抱いて古今を歩まんと欲す

碧水碧山何有我  碧水(へきすい)碧山(へきざん)何ぞ我有らん

蓋天蓋地是無心  蓋天(がいてん)蓋地(がいち)是れ無心

依稀暮色月離草  依稀(いき)たる暮色(ぼしょく)月草を離れ

錯落秋聲風在林  錯落(さくらく)たる秋声風林に在り

眼耳變忘見亦失  眼耳(がんじ)双つながら忘れ身も亦失す

空中獨唱白雲吟  空中に独り唱(とな)う白雲の吟(ぎん)

真の悟りの道は、ひっそりと空虚で、はるかぼんやりと尋ねがたい。何ものにもとらわれない心で、古今を歩んでいこう。みどりの山河にはどうして私心などあろう。天地の全体は無心そのもの。ぼんやりとした暮色のなか、月は草原を離れて上り、いりまじる秋の物音のなか、風は林をゆるがす。眼も耳も、ともにその識力を失い、自分の身さえ忘れてしまい、虚空に向かって、ただ白雲のごとき自由の詩をとなえよう。

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