≪漢詩鑑賞≫夏目漱石晩年の漢詩
文豪・夏目漱石の晩年の作品である。ある種の悟りの境地を詠んでいて、自分の死を予言するかのようである。
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無題 <五言絶句> 明治43年9月29日作
仰臥人如啞 仰臥(ぎょうが)人啞(あ)の如し
黙然見大空 黙然(もくねん)大空(だいくう)を見る
大空雲不動 大空雲動かず
終日杳相同 終日杳(よう)として相同じ
仰向けに寝たまま、唖のように黙りこくっていると、大空が見えた。大空には雲がじっと動かずにいて、一日中、雲と私とは、果てしなく共にそこにあった。
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無題 <七言律詩> 大正5年11月20日夜作
眞蹤寂寞杳難尋 真蹤(しんしょう)寂寞として尋ね難し
欲抱虚懐歩古今 虚懐(きょかい)を抱いて古今を歩まんと欲す
碧水碧山何有我 碧水(へきすい)碧山(へきざん)何ぞ我有らん
蓋天蓋地是無心 蓋天(がいてん)蓋地(がいち)是れ無心
依稀暮色月離草 依稀(いき)たる暮色(ぼしょく)月草を離れ
錯落秋聲風在林 錯落(さくらく)たる秋声風林に在り
眼耳變忘見亦失 眼耳(がんじ)双つながら忘れ身も亦失す
空中獨唱白雲吟 空中に独り唱(とな)う白雲の吟(ぎん)
真の悟りの道は、ひっそりと空虚で、はるかぼんやりと尋ねがたい。何ものにもとらわれない心で、古今を歩んでいこう。みどりの山河にはどうして私心などあろう。天地の全体は無心そのもの。ぼんやりとした暮色のなか、月は草原を離れて上り、いりまじる秋の物音のなか、風は林をゆるがす。眼も耳も、ともにその識力を失い、自分の身さえ忘れてしまい、虚空に向かって、ただ白雲のごとき自由の詩をとなえよう。
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