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2011年11月 7日 (月)

≪漢詩鑑賞≫江頭に哀しむ 杜甫

杜甫46歳の作。長安での幽閉中の詩である。玄宗と楊貴妃の事をうたった詩としては、白居易の『長恨歌』と双壁とされる。幽閉中ゆえに「声を呑んで哭し」と慟哭を抑えた調子が、かえって人生無常のはかなさが伝わる。

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哀江頭 (江頭に哀しむ) 杜甫

少陵野老呑聲哭  少陵(しょうりょう)の野老声を呑んで哭(こく)

春日潛行曲江曲  春日(しゅんじつ)潜行す曲江(きょくこう)の曲

少陵(長安の南にある漢の宣帝の皇后の陵の名)の田舎親爺(野老)である私は声を忍んで泣きながら、この春の日に人目を避け曲がっている江のほとりをゆく

江頭宮殿鎖千門  江頭の宮殿千門(せんもん)を鎖(とざ)

細柳新蒲為誰綠  細柳(さいりゅう)新蒲(しんぽ)誰が為にか緑なる

江のほとりに建つ宮殿は、多くの門(千門)を閉ざしたまま人の出入りも絶えている。それなのに柳の細い枝やがまの新芽はだれに見せようとして、青々と伸びているのだろうか

憶昔霓旌下南苑  憶う昔霓旌(げいせい)の南苑(なんえん)に下りしを

苑中萬物生顔色  苑中(えんちゅう)の万物(ばんぶつ)顔色を生ず

思えばその昔、天子の虹の色をした旗(霓旌)がこの南苑(曲江の南の芙蓉苑)に行幸して来たときには、苑中のすべての物はみな生き生きとかがやいた(生顔色)ものであった

昭陽殿裏第一人  昭陽(しょうよう)殿裏(でんり)第一人

同輦隋君侍君側  (れん)を同じうして君に隋い君側に侍(じ)

その中にあって、昭陽殿の第一のお方(楊貴妃のことを指す)は、天子の車に同乗し、天子に従ってかたわらにはべっていた

輦前才人帯弓箭  輦前(れんぜん)の才人弓箭(きゅうせん)を帯び

白馬嚼齧黄金勅  白馬嚼齧(しゃくけつ)す黄金の勅(くつわ)

御車の前(輦前)の女官(才人)たちは、弓と矢(弓箭)を持ち、白馬は、黄金づくりの勅をかみきらんばかり(嚼齧)勇み立つ

翻身向天仰射雲  身を翻(ひるがえ)して天に向い仰いで雲を射る

一箭正墜雙飛翼  一箭(いちぜん)正に墜(おと)す双飛翼(そうひよく)

女官たちが身をひるがえして、天を仰いで雲を射ると、一本の矢(一箭)でまさに二羽の鳥(双飛翼)を落とすのであった

明眸皓齒今何在  明眸(めいぼう)皓歯(こうし)今何くにか在る

血汚遊魂歸不得  血は遊魂(ゆうこん)を汚して帰り得ず

今や、あの美しいお方(明眸皓歯・・・明るい瞳と白い歯は美人を形容する)はどこにおられるのだろうか。血に汚されたさまよえる魂は、帰れないままにさまよっているのだ

清渭東流劒閣深  清渭(せいい)は東流し剣閣(けんかく)は深し

去住彼此無消息  去住(きょじゅう)彼此(ひし)消息(しょうそく)無し

清らかな渭水の水は東に向かって流れ、剣閣山は奥深いところにある。去った者(玄宗)と共に行けなかった者(楊貴妃)とは互いに消息が絶えた

人生有情涙沾臆  人生情有り涙臆(おく)を沾(うる)おす

江水江花豈終極  江水(こうすい)江花(こうか)(あ)に極まらんや

人生は多情だ。この事を思うと涙が私の胸をぬらす。無情の曲江の水(江水)や岸に咲く花(江花)はつきることがない

黄昏胡騎塵滿城  黄昏(こうこん)胡騎(こき)(ちり)城に満つ

欲往城南忘南北  城南(じょうなん)に往かんと欲して南北を忘る

たそがれ時、賊の騎兵(胡騎)のたてる塵埃が長安市内にたちこめる。町の南に行こうとして、方向がわからなくなってしまった

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