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2011年8月 6日 (土)

《漢詩鑑賞》 芙蓉楼にて辛漸を送る 王昌齢

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先日、海江田経産大臣は国会での追及に涙をこらえながら「いずれ責任をとる」と辞任の意向を表明した。その後も、「いつ辞任するのか?」の追及に、海江田大臣は、テレビ中継の前でこらえきれずに号泣した。その直前に語った言葉が「一片の氷片、玉壺に在り」であった。

漢詩に造詣が深い海江田万里氏は、自らの心境を王昌齢の漢詩『芙蓉楼にて辛漸を送る』の中から、「一片の氷片、玉壺に在り」として語った。

これは、「一片の澄みきった氷が玉壺の中にあるような心境である」という意味である。ここには、平静さを装いながらも動揺する心を押し隠すように、ある種の海江田氏の“菅直人への対抗心”、あるいは自身への“誇り”というか“強がり”というものが感じられる。原典の漢詩を鑑賞してみよう。

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芙蓉楼送辛漸  芙蓉楼にて辛漸を送る  王昌齢 

寒雨連江夜入呉  寒雨江に連なって夜呉に入る

平明送客楚山孤  平明客を送れば楚山孤なり

洛陽親友如相問  洛陽の親友如し相問わば

一片氷心在玉壺  一片の氷心玉壺に在り

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※芙蓉楼  江蘇省鎮江の町にあった旅館の名前。鎮江は長江の舟路の宿場だった。

※辛漸  作者・王昌齢の友人。伝記不詳。

晩秋の頃の雨(寒雨)が川に注ぐ中を、私たちは夜になって呉の地(鎮江を含む江蘇省の一帯)に入って来た。

やがて別れの夜も明けるころ(平明)、旅立つ君を見送ると、夜来の雨もやんで、朝もやのはれゆく中にポツンと楚の山(長江の中下流地域一帯で、鎮江の対岸に見える山)が見える。

君が洛陽(唐の副都。かつて王昌齢がいたところ)に行けば、友達がきっとこう尋ねるだろう。王昌齢はどうしているか、と。

そうしたら君、王昌齢は一片の澄みきった氷が玉壺の中にあるような心境でいると答えてくれたまえ。

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友人・辛漸がこれから行く洛陽は、作者・王昌齢が左遷される前に居たところなので、なじみの友人がたくさんいる。

彼らはきっと辛漸に「王昌齢は、左遷されて、江南の地でさぞくさっているだろうナ」と聞くだろう。「だがおあいにくさま、私の心は玉の壺に入っている氷のように澄み切った心境でいますすよ。そう答えておくれ」という。

以前、宇野総理大臣が「愛人問題」が発覚し、総理を辞めた時、「明鏡止水の心境」と語った。しかし、一見すると悟ったような口ぶりであるが、平静さを装いながらも悔しさがにじみ出ている言葉である。

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《追記》

この詩は二首連作になっているので、その二を挙げておく。

丹陽城南秋海陰  丹陽(=鎮江)の城南秋海陰(くら)く

丹陽城北楚雲深  丹陽の城北楚雲深し

高楼送客不能醉  高楼に客を送りて醉う能わず

寂寂寒江明月心  寂寂たる寒江明月の心

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