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2011年6月23日 (木)

菅直人の画策する“市民革命”とは何か?

私のいう「保守」とは、永遠の過去から永遠の未来へ続く生命の営みの中で、自分の生きている意味を謙虚に考えるということである。「保守」とは謙虚さのことである。(自民党参議院議員・西田昌司氏)

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◆「菅直人の狂気の沙汰」は想定内である!

昨日(22日)国会では「70日間の会期延長」が決まった。

菅総理は、①即辞めない、②(最低でも)8月末まで居座ること、③新エネルギー法案を通すこと、が決まった。

“権力への執着心”、「あきらめない」という“異様なまでの闘争心”が、菅直人の“粘り勝ち”をもたらした。

野党ばかりではなく与党内からも、新たな「菅災」「政治空白」に戸惑いを隠せない。

マスコミ・メディア」も、あまりに酷い「菅直人の狂気の沙汰」に、「わからない」「理解できない」と異口同音、混乱している。

しかし、私は「菅直人」ならあり得るだろうと思っていた。

ここまでは“想定内”である。

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◆キーワードは「市民」である!

結論を先に言う。

菅直人が目指すモノ、それは“民主党マニフェストの実現”でも、“最小不幸社会の実現”でもない。

その“生い立ち”からして菅直人が目指すモノ、それは「市民革命」である。

言い換えれば、21世紀の日本における「フランス革命」・・・。それが、菅直人の“理想”である。

共産党による「ロシア革命」ではない、目指すは市民(新興ブルジョアジー)による「フランス革命」・・・。それが、菅直人の“本質”である。

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◆「フランス革命」とは何か?

巷間、「原発の是非を問う、9月解散総選挙」の可能性について囁かれている。

私は、市民運動家に“先祖帰り”した菅直人ならあり得ると考えている。

フランス革命とは、「中産市民」(ブルジョアジー)が絶対王制や政治的な旧制度を倒した歴史的な出来事である。

これを「市民革命」と歴史学では呼んでいる。

「フランス革命」とは、新しい金持ちが昔からの古い金持ちに対して仕組んだ“利権争い”、つまり“分け前の再分配”を目指した政治闘争だ。

旧制度(アンシャンレジーム)に不満をもつ下層「市民」を扇動し、味方につけ「市民革命」は進行したのである。

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◆菅直人が目指す“市民革命”とは?

菅直人は、「新エネルギー法案」を新たな政治目標に据えた。

この“本質”は、“原発利権”(旧利権)に対する“自然エネルギー利権”(新利権)の「利権争い」である。

菅直人の「強み」とは、国家観や政治哲学の“欠落”、「道徳」「倫理」に拘らない“自在性”にこそある。

過去の「原発推進」の旧利権に対する、「反原発」プラス「新エネルギー推進」の新利権の戦いである。

(新利権の筆頭が、「この法案だけ通すまでは辞めないで」と菅総理にエールを送った日本一の大金持ち・孫正義氏である)

菅直人は、明らかに「市民革命}を目指している。(8月6日には、何らかの「反核」「反原発」宣言をするだろう・・・)

つまり、“原発の是非”だけを問う「解散総選挙」による市民革命・・・。

これが旧制度(アンシャンレジーム)の崩壊のみならず、日本国の崩壊の序章でもある。

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コメント

佐高芳行氏のブログ転載
http://bikomainu.blog110.fc2.com/blog-entry-706.html

頑張れ!菅総理!!

2011.06.22!
自民党も容認していた国会の会期延長50日間が、
20日間も超過して70日になるという方針が
固まったようだ。

菅総理の延命にかける執念はまるで夜中にお台所を
駆け回る黒い昆虫。

この菅総理のなりふり構わぬ延命に対しては最大の
パトロン朝日新聞さえサジを投げたらしい。

昨日6月21日の朝日新聞のコラムでは
「もはや限界を超えた」と菅政権を見放したとのことだ
(あまり興味も沸かないのでわざわざ読んでおりません)。

しかし、私は正直総理に対し「辞任せよ!」と強くいうより、
菅総理にはもっともっとその
首相の座にしがみついて頑張って欲しい。
醜態をさらして欲しい。

みっともなさを『見える化』していただきたい。

いかに権力の座に執着することが恥ずかしいことか、
いかに私達日本人は間違った指導者を選んでしまったのか。

その選択のミスは決して他人のせいにはできないという
反省を促す為にも、日本人の判断ミスのもととなった考えが
一体何であるかを思い知るためにも半径20kmとはいわず、
日本国全域に強烈な腐臭を振りまいてほしい。

現在店頭に並んでいるWEDGE7月号で京都大学教授の
中西輝政氏の寄稿にこのような既述がある。

「旧内務省勤務の経験があり、戦後は大学で思想史を
講じたある学者はかつて『唯物史観と非武装平和主義、
どちらかの思想に一度でも染まった人間は決して政治家
になってはならない』と喝破していた。

唯物史観は人間の行動はすべて物質的な条件によって決まる、
とするために権力闘争においては徹底したマキャベリズムに
走り、同時に道徳や精神的な価値の軽視に走りやすく、

反戦平和主義は力の否定と反国家的な情緒につながる
からだという」

そう、唯物論は危険なのだ。
一見綺麗ごとから入ってくるので騙されてしまうが、
歴史上の唯物論国家、ソビエト、中国共産党、北朝鮮等で
どれだけ多くの人命が失われたか。

どれだけの自由が奪われたか。どれだけの希望が奪われたか。
これらの唯物論国家、無神論国家においてどれだけの欺瞞が
なされてきたか、なされているか。
無神論政治家だから、精神性ということを一顧だにしない
政治家だから『恥ずかしい』という感情がない。
『恥ずかしい』とは自らのの良心に対して
恥ずかしいということだ。

それは神や仏様が見ているから、

ご先祖様が見ているから
恥ずかしいのだ。

薄っぺらい左翼の活動家であり、
唯物論政治家である菅総理にそれを

期待してもムダなのだ・・・!


マスコミは菅総理を創りあげたのは自分達である
その責任を自覚せよ!!

また国民はこの政権による被害者であると同時に
加害者であることも十分に自覚しなければ
ならないと思います。

反省なくして真に日本が再生することは
ありえない。
この人災を『他人事』と考えていたら、
我が国の未来はありません。

菅総理よ!!

もっともっと地位にしがみつけ!

もっともっと
その姿を強烈に見せ付けてくれ!

あなたこそ、戦後の『数々の綺麗ごと』の
本質だということを私達に分からせてくれ!

頑張れ!菅総理!!!

投稿: moon | 2011年6月24日 (金) 09時43分

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