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2011年3月22日 (火)

君見ずや管鮑貧時の交わり (貧交行・杜甫)

◆我ら、日本国民だから

東北関東大震災に対して、全国各地から善意の輪が広がっている。被災者同士が助け合い励まし合っている。

天皇陛下の大御心の下、日本人の連帯意識は、確実に広がっていると思う。

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◆寛容と忍耐

その根底にあるのは、日本人の美徳<寛容と忍耐の精神>である。

政府の対応は、スッキリしないが、国民の方は大丈夫。それに、子ども達が明るく元気で前向きなのは嬉しい。

日本人は<寛容と忍耐の精神>を持っているから、日本は必ず復興すると信じている。

何故なら、我ら、日本国民だから。

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◆管鮑の交わり  <貧しい時からの生涯変わらなかった友情>

杜甫の詩に、「君見ずや管鮑貧時の交わり」という言葉がある。

「管鮑の交わり」という故事をふまえての詩である。

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管鮑とは、春秋時代の管仲(かんちゅう)と鮑叔(ほうしゅく)のことである。二人は貧乏書生であったころから仲がよかった。

二人で商売し、その分け前を管仲が多くとったが、鮑叔は管仲が自分より貧しいことを理解していたので欲張りとも思わず怒ることもなかった。

管仲は三度戦争に行って三度とも逃げ帰ったが、鮑叔は管仲には老いたる母がいるのを知っていたので管仲を臆病と思わなかった。

その後、管仲が宰相となった時に「私を生んだのは父母だが、私を本当に知っているのは鮑叔である」と語ったという。

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◆≪漢詩≫  

 貧交行   杜甫

翻手作雲覆手雨   手を翻せば雲となり手を覆えば雨となる

粉粉軽薄何須数   粉粉たる軽薄何ぞ数うるを須(もち)いん

君不見管鮑貧時交  君見ずや管鮑貧時の交わり

此道今人棄如土   此の道今人(こんじん)棄てて土の如し

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手のひらを上に向ければ雲となり、下に向ければ雨となる。(このようにくるくると様子が変わるのが世間の常である)

このような軽薄な者が多くて、数えたてて問題にするまでもない。

管鮑の貧しい時の交わりを見るがよい。

この交わりの道を今の人は泥のように捨てているではありませんか。

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杜甫の詩では、「管鮑の交わり」の精神を思い起こして下さいと表現している。鮑叔は、管仲の分け前を多く取ったことや、戦争から逃げ帰ったことを咎めなかった。

これは、日本人の美徳、寛容と忍耐(人に対する寛容さ、自身の忍耐)に通ずるものがあると、改めて思い起こした。

頑張れ東北!頑張れ日本!

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