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2010年11月 7日 (日)

愛国心と日本創生

◆明治神宮で想う

先日(11月3日)女房と、神宮外苑から明治神宮を散策した。この日は、祝賀の日に相応しく日本晴れ(笑)の良い天気だった。

外苑のイチョウ並木は未だ葉は、青かった。神宮球場では早慶戦の優勝決定戦、国立競技場ではナビスコカップがあり、千葉マリン球場では、我が千葉ロッテマリンと中日ドラゴンズの日本シリーズが行われた日である。

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明治神宮では、七五三の季節らしく可愛い子供連れの家族で賑わっていた。つくずく、私は、日本国に生まれて良かったと思う。

こんな平和な日本がいつまでも続けば良いが・・・、最近の情勢を見れば、ますます日本が心配になる。

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◆愛国心が基調にあるべき

今の政治家に欠けているのは、“愛国心”である。

世の中の、情報においても経済においても、グローバル化が進めば進むほど日本国民の“愛国心”が問われる。他国との“友好”“交流”の前提には、愛国心がなければならない。

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自国に対する“愛国心”もなくて、他国との“友好”が上手くいくはずがない。国家の主権と、日米安保同盟をしっかり活かしてこそ“国際協調”のパワーバランスが保たれる。

尖閣での中国漁船の領海侵犯を巡る菅内閣の「場当たり的」対応を見ると、残念ながら“愛国心”が見られない。国益よりも、党の事情で動いているようである。

◆日本創生とは?

私が多くの学びを頂いている倫理法人会について少し述べる。

スローガン的に、あるいは枕詞のように、よく語れることに、「日本創生」ということがある。これは、倫理法人会でよく言われる言葉である。

しかし、「日本創生」とは何か?響きは良いが、私には未だ漠然としている。MSでは、誰も、はっきりとした説明をしない。聞いたことがない。

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『万人幸福の栞』(丸山敏雄著)の序文(1p)に書いているとか、「疑問をもたず」に素直に実践すればわかるとか言われても・・・よく分からない。

私は宗教を決して否定しないが、「疑問を持つな」と言うのでは宗教と同じである。批判に丁寧に答えてこそ、「日本創生」とは何かをキチンと説明すべきである。(そのような段階ではないか?)

◆不平・不満は常に生ずる

どんな組織・団体にも、人間である以上、その「運営」などに疑問や不平不満が生じる。なかには、つまらない不平不満もある。

しかし「不平不満を言うな」「素直にやることが大切」と言われても、一度芽生えた「疑問」は、キチンと説明されない限り解消されない。「上から目線」に対する反発が起きる。

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「日本創生」を標榜するのであるなら、自分の言葉で、「日本創生」という理念を語るべきである。

そうでなければ、倫理法人会は、色んな政治家に利用されるだけの「団体」になってしまう危惧がある。

これは、社会教育団体としての倫理法人会に対する市井の疑問の一つである。倫理で学ぶ国民の一人として、私は政治と宗教に左右されない倫理を確立すべきだと思う。

◆愛国心を基調とすべき

ときには、愛国心の無い政治家ですら、安易に政治ロジックの延長上に「倫理」を語ることになる。「倫理」と相反することすらある。

例を挙げるなら、外国人参政権や夫婦別姓などがそうだ。

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これは、国家と家族を破壊する危険な思想で、私の考えとは相容れない。

にも拘らず倫理法人会の中にも、いろんな政党支持者がいるように「賛成」「反対」「不知」、いろいろ混在しているようだ。

「日本創生」とは、先祖を敬い、家族を大切にし、わが国の文化・伝統を大切にする、すなわち“愛国心”が根底にあるのである。そうあるべきである。

しかし、純粋倫理は、「日本創生」まで言及していいのだろうか?

「それは、宗教でも、主義でも、学説でもない。実行によって直ちに正しさが証明できる生活の法則である。」(『万人幸福の栞』序1p)とある。純粋倫理の原点に戻るべきではないのか?

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