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2010年9月18日 (土)

日本創生~宗教と倫理

☆日本創生について考えてみる

創立者の丸山敏雄先生は、昭和20年、敗戦後の道義の混乱と退廃を憂え、永年にわたる宗教・倫理の研究を土台として、日常生活に欠くべからざる純粋倫理を解明し、倫理研究所を創立しました。

この倫理(みち)は、宗教でも思想運動でも、空想でも理論でもありません。(万人幸福の栞16p)

実践によって直ちに正しさが証明されるのが『純粋倫理』である。

我々の国も、家族も、未来永劫・・・幸せに暮らしていけるような世の中を、純粋倫理を基調として創ること、これが日本創生の本質的な意味です。(そのように私は解釈している)

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☆宗教と倫理の違い

倫理は「宗教とは違う」のです。講話でもよく説明をされます。「倫理」は、「宗教法人」の宗教と違って「文科省所管の社会教育団体」であり、「念仏」「祈り」の宗教と「実践」によって証明される「道筋」云々と・・・。

しかし、この説明では、法律・制度上の、あるいは現象的な「違い」の説明に過ぎない。宗教だって、「実践」(正しい行い)は大切であるし、倫理だって「祈り」は大切である。

☆宗教の本質は、『畏敬』である

「宗教と倫理は違う」という言葉の裏には、「おかしな宗教」とは違うという情緒的な意味がある。宗教を否定する気持ち(反宗教)があるように思う。

丸山敏雄先生の解明した純粋倫理は、決して宗教に対する反駁(反宗教)ではない。

つまり、大宇宙への「畏敬」が宗教の本質である。宗教と倫理は、「顕幽両界の境」としてスミ分けをしているのである。人間の力ではどうにもならない大宇宙への「畏敬」こそが宗教の本質である。宗教と倫理は共立すべきものである。

☆教育~躾(しつけ)での違い

例えば、子どもがゴミを道路に捨てたとする。「人に迷惑がかかる」と叱るのが倫理教育。(人は見ていなくても)「神仏のバチがあたる」と戒めるのが宗教教育である。

日本創生にとっても、宗教心は必要であり、「反宗教」のような、妙に倫理に対する自信の無さが見られることがある。

そうであるが故に、一方では隠れキリシタンのように(妙に)倫理を隠したり、「変な宗教団体とは違います」などと卑屈になったりしてはいないか?

日本創生の意味は、もっと大らかで、もっと毅然としたもののはずである。

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