2017年6月23日 (金)

韓国・文政権の妄言

北朝鮮当局に拷問を受けていた米国人青年が、解放後亡くなった。

トランプ大統領は、北朝鮮を非難した。

当然だがトランプ氏だけでなく、米国国民の「極悪非道な北朝鮮に対する怒り」は高まっている。

この「怒り」は、罪もない日本人を拉致し40年以上も拘束している北朝鮮に対して、日本人が普通に持つ感情と同じである。

国際世論も目を覚ます傾向にある。

そのような北朝鮮に対して、韓国の文政権は、妄言を放っている。

9ケ月後に予定されている平昌(ピョンチャン)五輪を、「同じ民族だから」「平和の祭典だから」という理由で南北共同開催を提唱している。

何という妄言か!

「資金が枯渇しつつある」北朝鮮にとっては、「外貨獲得」が死活的に必要である。

その為に、制裁を継続しているのに、北朝鮮でオリンピック競技を開催すれば、その「外貨」資金が核やミサイルの資金に転化されるだけである。

北朝鮮に対する「融和政策」は、何度も繰り返し失敗していて、北朝鮮の独裁政権を補完する役割だけであった。

「同じ民族だから」「平和の祭典だから」とは、許し難い妄言である!

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2017年6月22日 (木)

≪漢詩鑑賞≫金州城下の作(乃木希典)

乃木希典は、日露戦争では、旅順攻略の将軍として有名である。

この詩では、長男の戦死や多数の兵を失った悲哀が溢れ出ている。

凱旋将軍の高揚感よりも、むしろ「愧ず我何の顔ありて父老に看えん」というように自責の念が強い。

軍人の豪放さよりは、文人としての繊細さが優れた人である。

☆……☆……☆……☆……☆……☆……☆

金州城下の作

山川草木轉荒涼  山川(さんせん)草木転(うた)た荒涼

十里風腥新戦場  十里風腥(なまぐさ)し新戦場

征馬不前人不語  征馬前(すす)まず人語らず

金州城外立斜陽  金州城外斜陽に立つ

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2017年6月18日 (日)

民進党の存在意義が見当たらない

今朝、『新報道2001』(フジテレビ)では、「テロ等準備罪」「加計問題」がテーマだった。

自民党都連会長の下村博文先生が、民進・共産の出演者と激論を交わしていた。

下村先生は、物腰は柔らかいが、野党の間違った批判に対しては妥協しない。

正々堂々と反論する政治家であり、常日頃尊敬する政治家である。

『新報道2001』は面白かった。

一方、『サンデープロジェクト』(TBS)では、何時ものように関口宏氏の指揮の下、「反安倍」「反自民」一色であった。

出演者全員が、原稿を読むように、安倍総理と自民党を非難していた。

TBSらしい極めて退屈な『偏向番組』である。

NHKでは、自民党の下村先生が、民進党の野田氏(元総理)、共産党の小池氏とやりあっていた。

しかし、議論の中味では、下村先生は「格の違い」を見せつけていた。

野田氏の議論を聴いていると共産党ソックリであり、違いがわからない。

民進党と共産党はまるで統一戦線を組んでいる様に、代わるがわる「反自民」「反安倍」に特化した主張を繰り返していた。

あれでは、民進党の存在意義がまったく見当たらないというのが、正直な感想である。

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2017年6月16日 (金)

目立つのは野党4党の劣化ばかり!

国会で、『テロ等準備罪』が成立してから一日が過ぎた。

今朝の報道番組を観ていると、「敗北感」がにじみ出ていた。

特に、「反対キャンペーン」を繰り返していたTBSでは、その落胆が強いようだ。

「何故?(説明不十分なまま)法案が成立したのか?」と訊かれた龍崎氏は、次の様に言い放った。

「安倍一強、自民党から反乱が出ないことが原因」

しかし、私はそうは思わない。

「(国民には)説明が不十分だった」というのは、その通りである。

しかし、その責任は、野党にもある。

昨日もこのブログで書いたが、野党議員の質疑は「金田法務大臣への失言誘導」に終始していて、中味がないパフォーマンスばかりだった。

決して、国民を代表としての質疑態度ではなかった。

野党四党(民進・共産・社民・自由)にこそ、「説明が不十分なまま時間切れになった責任」があると言える。

野党は、少しは反省して欲しい。

せめて、維新の党のように、「(捜査の可視化の徹底など)修正案」を呈示すべきだったと思う。

野党4党は、最初から、『廃案ありき』の国会戦術だった。

何時から野党が、こんな風に「ヒステリック集団」になったのか知らない。

だが、最近、目立つのは野党4党の劣化ばかりである。

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2017年6月15日 (木)

『テロ等準備罪』成立、今後は国民に対して丁寧な説明を含む

『テロ等準備罪』が、国会の多数決ルールに則り、無事成立した。

「テロ等の組織的犯罪」を危惧する一般国民として、今朝は晴れ晴れしい気持ちでいる。

これで、完ぺきとは言えないが、憎むべき「(犯罪集団による)組織的犯罪」が、未然に防止できる可能性が増えたと思う。

「日弁連」などは、「監視社会」「内心の侵害」などと言って反対していた。

だが、国民の生命・財産の安全・安心のためには、「監視社会」だって、大いに結構である。

逆に、善良な国民は、身近警察官や街頭防犯カメラ等(監視社会)によって、日常守られていることが多い。

犯罪者は、一般市民の顔をして潜んでいる。

監視されて困るのは、犯罪者とその仲間である。犯罪者には内心という名の犯罪計画の「自由」を認めてはならないのである。

誤認逮捕したとしても、取り調べの「可視化」などで、冤罪は防げると思う。

だから、『テロ等準備罪』に反対する理由は、私は理解することが出来ない。

野党・メデイアは、「強行採決」「暴挙」などと言っているが、多数決のルールに則っただけの事ではないか。

ただ、国会に於いて丁寧な議論が余りにも少なかった。

この責任は、どちらかと云うと野党にある。

即ち、野党の国会戦術は、(中味の議論ではなく)最初から「廃案」ありきであった。

さらに、野党は、「金田大臣の失言誘導」に集中しすぎていて、法務省局長との「国民の知りたい」議論などは、疎かにされていた。

これでは、国民の理解は進む筈がない。

私は、蓮舫党首よりも、安倍総理を10倍信用しているよ!

頑張れ!安倍総理。

『テロ等準備罪』は成立したが、(国民に対するる)丁寧な説明はこれからである。

兎も角、法案が成立した事は、喜ばしい。

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2017年6月14日 (水)

『テロ等準備罪』成立まで、あと一息!頑張れ政府与党!

国会とは、議論を尽くすところである。

だが、民進党・共産党が、やっている事は、そうではない。

昨日の法務委員会で、「金田法務大臣の問責決議案」を提出した事で、議論は遮断された。

これは勿論、「大臣問責」を提出することはルール上許されたことであるが、維新の党の質疑を遮って、「大臣問責を提出した事」は、ルール違反ではなくてもマナー違反は明白である。

野党国対のボス「山井議員」の指令なのか?定かではないが・・・議論を尽くすべき国会として、このような「国対戦術」は、非難されるべきである。

もう一度、云う。

国会とは、議論を尽くすところである。

世論調査でも分かる通り、『テロ等準備罪』について、一般国民は、説明・議論が不十分だと思っているのは事実である。

それ故、国会議員は国民を代弁して、詳細な議論を国会法務委員会でやって欲しいと思っている筈である。

しかし、実際には、そのような詳細な議論ではなく、「金田法務大臣」への資質を問う事ばかりである。

議論を避けているのは、野党の方である。

確かに、金田法務大臣は答弁に窮して、局長が答弁する場面が多かったし、法曹出身者ではない金田大臣は「法的議論の答弁」に適任者だとは思わない。

だが野党が、本気で議論を尽くすつもりなら、「法律のプロ」同士、法務省の担当局長と堂々と議論すればよいではないないか?

何故、野党は中味の議論を放棄するのか?

中味の議論をすれば、寧ろ国民は、多くの部分がスッキリするだろう。

私は、それ故、「金田法務大臣への問責決議案」は、議論を尽くすべき「国会戦術」として如何なものかと思う次第である。

これは即ち、「法律の中味ではなく、奴が気に食わぬ」という傲慢な議論であり、民進党が云うところの「安倍総理の下での憲法改正には反対」という発想と同じである。

どんな法律でも、100点満点のものは無い。

それは時代の要請で、(刑法の改正と同じく)その都度、改正・修正して行けばよいのである。

少なくても、「共謀罪」の構成要件を改めて国際水準に近づいたのが、『テロ等準備罪』である。

今までの議論でも、一般国民の権利を侵害するものではない。寧ろ、平和な暮らしを望む一般国民にとっては必要な法律である。

粛々と成立させるべきである。

あと一息だ!頑張れ政府与党!

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2017年6月13日 (火)

池上彰先生の「讀賣新聞批判」に異議申し立て!≪ジャーナリストの驕り≫

池上彰先生の「解説」は、バランスが良く、分かり易いと思っていた。

そんな日頃尊敬する池上彰先生だが、テレビ番組で「激怒した」姿を観たとき、私は、奇異に感じた。

テレビ朝日の番組に出演して「加計学園問題」が話題になっている時である。前川前文科省事務次官の「記者会見」での出来事である。

讀賣新聞の記者が、「(前川氏に対して)事務次官の時に知り得た内容を、辞めてから口外するのは国家公務員の守秘義務に違反するのでは?」と質問した事に、池上氏は激怒したのである。

「一部のマスコミが・・・」と、池上氏は名指しを避けたが、放映内容からは「読売記者の発言」である。

「ジャーナリストとしてあり得ない質問」と激怒し、番組の司会者も、「国民の知る権利」を妨げるとして、読売新聞を批判し、池上氏に呼応した。

私は、正直、奇異に感じた。

「国民の知る権利」とは、「国家公務員の守秘義務」を優先するものではない。

何故なら、「国家公務員の守秘義務」とは、『国家機密』を外部に漏らさない様に、国益を守るために設定された法律である。

「国民の知る権利」は、国益の範囲内での権利である。

読売記者の質問は、「知る権利」と「守秘義務」の両者のバランスに立脚した質問ではないか?

池上氏の「論理」から言えば、「国民の知る権利」の為なら、「国家公務員の守秘義務」は崩しても構わないという事になるのではないか?

しかも、何が「国益」か?という観点では、(人によっては、国民の知る権利こそ、国益という様に・・・)恣意的に「守秘義務」は崩される危険性がある。

アリの一穴である。

以前、尖閣沖で、中国漁船の海上保安庁の艦船への「体当たり」映像が、ネットで流出した事で、「民主党政権の隠蔽」と「中国の主張が嘘である」という事が判明した。

仙谷由人官房長官は、「国家公務員の守秘義務違反」を理由に、海上保安官の一色氏を「処分」した。

私は、一色氏の行為は、「已むに已まれぬ愛国心」であったと思うが、「守秘義務違反」は明らかだった。

だから、(「国益」に反して事実を隠ぺいした事は、批判されるべきだが)仙谷官房長官の「一色氏を処分した」こと自体は不当だとは思わない。

私は、池上氏の激怒した姿を観て、民主党政権(菅直人内閣)時代の「事件」を思い出したのである。

法律は、人の「運用」によって変化する。だが、法律は飽くまでも法律である。

ジャーナリストと云えども、「国民の知る権利」を盾に、辞めた元官僚に対して、「法律違反」を奨励するべきではない。

それは、ジャーナリストの驕りである。

私は、池上彰先生の「讀賣新聞批判」に異議申し立てする。

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2017年6月12日 (月)

加計問題は、法と証拠を超えた政治的想像力の葛藤である

加計学園問題の本質は何か?

結論から述べるならば、次の通りだ。

加計学園問題は、現象的には『法と証拠を超えた政治的想像力の葛藤』である。

即ち、政治的・道徳的発想、経済政策戦略的発想、行政法的発想、霞が関文学的発想、など広範多岐な発想が衝突しているのである。

それ故、官邸・文科省・与党・野党・マスコミなど夫々の立場で、捉え所が異なる。

「本質は何か?」とは、現象を通じてしか解明できない。

だが、一つだけ言えるとすれば、大学の一般教養課程では、素晴らしい研究材料(テーマ)となるのが、「加計学園問題」だ思う。

ある意味、(国会会期末という)時間との闘いである。

「違法性」は無くても、「李下に冠を正さず」という道義的問題を追及するのが野党・マスコミの立場である。

今までの問題では、「加計ありきで、進んでいたのではないか?」という疑惑である。

この疑惑は、飽くまで道義的疑惑の域を出ない。

その限りでは、追及する側も、(数年前の、民主党永田メール事件と異なり)「安全圏」での追及である。

「違法性はどうか?」と問えば、「総理のご意向」「忖度」「加計ありきのシュミレーション」などは、どれも「違法」とは言えないのは野党も学習している事である。

疑わしきは罰せずであり、「疑いは、永遠に晴れる事が無い」のが常である。

そこには、法律ではなく、政治的・道義的想像力が求められる。

「総理の意向文書」などが、あったのか?無かったのか?と問えば、役所には、怪文書、個人メモも含めて様々な「文書」が氾濫しているのは確かである。

間違いなく「文書はあった」だろうが、そこが核心問題ではない。

もう一度、加計学園問題の本質とは何か?

それは、『政治的想像力の葛藤』と言えるだけで、誰もその「立場」において、間違っていたとは言えない。

このような問題である。

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2017年6月10日 (土)

≪漢詩鑑賞≫五言絶句の名作七選

① 春暁(孟浩然)

春眠不覚暁  春眠(しゅんみん)(あかつき)を覚えず

處處聞啼鳥  処処啼鳥(ていちょう)を聞く

夜来風雨聲  夜来(やらい)風雨の声

花落知多少  花落つること知んぬ多少ぞ

② 鶴鵲楼(かんじゃくろう)に登る(王之渙おうしかん

白日依山盡  白日山に依りて尽き

黄河入海流  黄河海に入って流る

欲窮千里目  千里の目を窮めんと欲し

更上一層楼  更に上る一層の楼

③  鹿柴(ろくさい)(王維)

空山不見人  空山人を見ず

但聞人語響  但だ人語の響(ひびき)を聞く 

返景入深林  返景深林の入り

復照青苔上  復た照らす青苔(せいたい)の上

④  静夜思(せいやし)(李白)

牀前看月光  牀前月光を看る

疑是地上霜  疑うらくは是れ地上の霜かと

挙頭望山月  頭を挙げて山月を望み

低頭思故郷  頭を低(た)れて故郷を思う

⑤  絶句(杜甫)

江碧鳥逾白  江碧にして鳥逾(いよいよ)白く

山青花欲然  山青くして花燃(も)えんと欲す

今春看又過  今春看(みすみす)又過ぐ

何日是帰年  何れの日か是れ帰年ならん

⑥  江雪(柳宗元)

千山鳥飛絶  千山鳥飛ぶこと絶え

萬徑人蹤滅  万径(ばんけい)人蹤(じんしょう)滅す

孤舟蓑笠翁  孤舟蓑笠(さりゅう)の翁

獨釣寒江雪  独り釣る寒江の雪

⑦ 胡隠君を尋ぬ(高啓)

渡水復渡水  水を渡り復た水を渡り

看花還看花  花を看還た花を看る

春風江上路  春風江上の路

不覚到君家  覚えず君が家に到る

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2017年6月 9日 (金)

菅官房長官を執拗に「誹謗」「挑発」する記者

昨日、菅官房長官の会見を聴いていた。

一部メデイアでは、「菅官房長官vs記者のバトル」などと報道していたが、私はそう思わなかった。

菅官房長官は、記者の繰り返しの「質問」に、丁寧に答えていた。

◆記者  (内部文書の存在を)何故隠すのか?

☆菅氏  文科省で調査したが「分からなかった」と、承知している。

◆記者  (前川前文科省次官は)嘘つきなのか?個人攻撃は?(蓮舫は、「どちらかが嘘をついている」といったが、そういう問題ではない。)

☆菅氏  嘘つきとは言っていない。個人攻撃・・・について、(前川氏のデートクラブ通いについて)私の「見解」を問われたので、「信じられない」と答えただけ。

◆記者  総理のリーダシップで、「再調査」すべきだ?

☆菅氏  日本は法治国家である。文科省が、決める事。

☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆

今、ニュース速報があった。

「文科省が(内部文書について)再調査する」と報じた。

再調査は良い事である。ハイ、ハッキリさせればよい。

速やかに、このような「ホンモノ・偽物?」という憶測は止めて、事実を下に本質的な問題点(国家戦略特区で、獣医学部の増設・・・)を議論してほしい。

私が、観た限り、菅官房長官の記者会見は、記者の執拗な「誹謗」「挑発」にも関わらず実に丁寧で、正確であった。

菅氏は、辛抱強いねえ・・・。

例えば、トランプ米国大統領の様に、記者の質問に「ノー。ノー」と言って打ち切るようなことはしていない。

対マスコミ対応では、日米では随分違うようだネエ・・・。

執拗に「誹謗」「挑発」を繰り返す一部マスコミの姿は、日米同じだ。

だが、ある意味、日本国の内閣官房長官が、「辛抱強い」菅氏であることに、国益を求める日本国民として安心感が持てるというもの。

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