2019年2月16日 (土)

桜田五輪大臣は、ぶら下がり記者による誘導尋問の犠牲者だ!

◆コント国会
国会予算委員会の一部議員の質問には、馬鹿馬鹿しくて、見て居られない。加えて、そのコントのような場面を延々と流すメデイアにも呆れ返る。
というのは、桜田五輪担当大臣の発言と、それの一部を切り取った批判と、「安倍総理の任命責任」という超飛躍した議論である。
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◆池江選手
発端はこうだ。数日前、オリンピック女子水泳の金メダル候補である池江選手が「白血病」のため治療に専念すると公表をした。
池江選手は、東京五輪で金メダルが有力な若いアスリートという事もあり、日本国民は誰もが、衝撃を受けた。と同時に、誰もが彼女を気の毒に思い病気の完治を願った。
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◆「残念だ」という発言
ところで、私が馬鹿馬鹿しいと言ったのは、この気の毒なニュースに関連して、国会では五輪担当大臣の桜田氏(あるいは総理大臣までも)が、野党に追及を受けている事である。
桜田氏の「金メダル候補なので、(メダルが少なる為るから)残念だ」という発言である。
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◆矢継ぎ早の質問、不用意な答え
だが、この発言には、前後があり、しかもぶら下がり記者の矢継ぎ早の質問に対して不用意に応えたものである。
要約すれば、桜田氏は「池江選手に対してお見舞いの気持ち」を述べた。
そのうえで、記者団の「五輪担当大臣として…の気持ち」を問われて、「金メダル候補だけに残念だ」と、不用意に答えたものである。
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◆新聞記者の習性
一部を切り取って、メデイアで拡散し、個人攻撃する事は、新聞記者の常態化した習性である。
記者としては、「期待する応え」を聞き出すまで、言葉尻を捉え、あるいは罠を仕掛け、誘導質問を繰り返えすのである。
東京新聞の望月記者が、それで有名になったが、菅官房長官くらいのベテラン政治家なら、軽く捌くことができるのだが・・・。
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◆誘導尋問の犠牲者
だが、桜田大臣のような「擦れてない」政治家の場合は、誘導質問を得意とする記者たちに簡単にやられてしまう。
何のことはない、桜田大臣は、ぶら下がり記者による誘導尋問の犠牲者である!しかし、政治家である以上、不用意発言の責任は、桜田氏本人に在り、安倍総理までは遡及されない。
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◆日本を滅ぼす輩
内村鑑三は、昔、「どうも日本国を滅ぼす輩には、色々あるけれども、その最たるものは新聞記者と文士だ」と言っていて、正宗白鳥が「これには一理ある」「文化の中心はジャーナリズムの中にあるという錯覚があるので…」と述べている事を、小林秀雄の何かの本で読んだことがある。
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◆無用の長物
小林秀雄は、また次の様に言っている。
政治は人間精神の深い問題に干渉できる性質の仕事ではない。言葉を代えれば人間の物質的生活の整調だけを専ら目的とすれば良い。
文化という言葉を使うのが政治家なぞ、政治趣味を持った文士同様無用の長物の様な気がします。
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◆お笑いコント
正直言って、桜田氏に「五輪精神の遂行」を期待していない。恐らく、安倍総理だって、幹事長の二階氏に頼まれただけで、何の期待もしていないだろう。
国会で、野党議員の質問に答える桜田氏の姿は、一種のコントである。
民主党政権時代の「田中直紀防衛大臣の時も、お笑いコントがあって、自民党議員もつい笑いを堪えることが出来なかった。
その事を思い出した。
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2019年2月14日 (木)

統計信仰に洗脳された国会議員たち

◆国が危うくなる?
連日国会では、「官僚の統計ミス」「安倍政権の責任」を議論している。
その議論の前提が、「間違った統計で政策を進めるならば、戦前と同じで国が危うい」という大上段に振り上げた理屈のようである。
しかし、敢えて言うなら「政策理念」で国が危うくなる、「統計」で危うくなるのではない、と私は考える。
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◆統計は数学ではない
議論を聴いていると、野党は、官僚の「統計作業のミス」を批判しているが、どうも「統計」への偏見と過信があるように思える。
野党は根本には、「統計」を「数学」と捉えているだけで、「人間の営みの数値化」と捉えていないミスがある。
現実の統計は、『国勢調査』も含めて、人間の営みの数値化であり、人間の主観の混ざった「回答」を基にしている「近似値」に過ぎない。統計の専門家は、数学が得意かも知れないが、統計そのものは数学ではない。
「誤差」を前提とするのが「統計」以上に「政策理念」が重要である。
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◆法則に対する信仰
物理学者の湯川秀樹は、小林秀雄との対談で次の様に述べている。(『直感を磨くもの』小林秀雄対話集)
「徳川時代と今と比べて遇うことの一つは、人口がひどくふえていることです。人が多すぎれば、やはり人と人との接触から、自己反省ももしなければならないようになる」「法則という事になれば一種の信仰に近いものになります」
「無限回の出来事があるとしなければ、それは完全な実証にならない」「だから科学というものは結局最後には法則に対する信仰ということになる」
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◆『転落の歴史に何を見るか』(斉藤健書・ちくま新書)
少し脱線するが、私は、昔読んだ著書を、『古典』のように読み返すのが好きである。優れた著書は、現在でもその輝きは失せていない。
私が、尊敬する政治家のひとりで、間違いのない愛国者でもある斉藤健衆議院議員(自民党)が、国会議員になる前(平成14年)に世に問うた著書がある。
『転落の歴史に何を見るかー奉天会戦からノモンハン事件へー』(ちくま新書)は、今も輝きを失せない良書に分類されている。その中で、(大東亜戦争の)大艦巨砲主義の失敗についての記述がある。
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◆水兵の失業問題
戦後は、参議院議員を務めた源田実氏(真珠湾攻撃当時、37歳)は、「米国は、思想を転換して、空母を主体とする機動部隊による海戦へと構造改革を遂げたのに対して、日本は何故戦略転換ができなかったのか?・・・源田実商品の答えは、長年苦労をさせてきた水兵に対して、「もう君らの時代は終わった、これからは飛行機乗りの時代だ」とは言えなかった。
突き詰めれば、(日米海戦の敗因は)水兵の失業問題である。
「国が危うくなった」教訓は、「統計」ではなく、政策の意思決定が歪んでいる事の事例である。
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◆統計信仰
再び、「統計国会」に話を戻す。
私は、数学も勿論「統計学」も素人であるが、(前述した)湯川博士の言葉は、言い換えれば、「経済の本質は、人口問題だ」という事だ。
国会論戦の中味で、分からないことがある。しかし、野党は「官僚の統計ミス」を、安倍政権批判に利用している事だけは、私の「直感」で分かる。誠にツマラナイ・・・。私は、これを統計信仰と呼ぶ。
残念なのは、「国を誤まらない」ような議論が少ない事。韓国の反日は、凶暴化する一方。北朝鮮による日本人拉致被害者をどう取り戻すか?
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2019年2月13日 (水)

マスコミ報道は、「事実」を操作しており信ぴょう性に欠ける!

◆造り笑い
政治家というものは、一種の人気商売である。
だから、心とは裏腹に、笑って誤魔化したり、相手の攻撃を避けるため、人前では「造り笑い」で煙に巻く芸がある。
しかし、今は何党か?よく分からないのだが「岡田克也という政治家」は、喜怒哀楽の表情が変わらない人だ。特に、自然な笑顔を観た事がない。
良い意味で云うのだが、「生真面目すぎる性格」の為だろうと想像する。
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◆悪夢のような民主党政権
「誰に対しても「忖度」は無く、「ファジー」は許さず、物事「Yes」か「No」の二者択一という考え」が岡田氏らしい。
それ故、衆議院予算委員会で、安倍総理の発言「悪夢のような民主党政権」を看過できず、「謝罪して、撤回しろ」と迫ったのだろう。
しかし、まあ・・・党大会での安倍総理総裁の発言を捉えて「謝罪しろ」「撤回しろ」は、さすがにあり得ない。
若し、批判するなら、「自民党こそ悪夢だ!」とやり返し、其の例証を示して議論すればよいだけである。
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◆自民党内部から「懸念の声」とは何か?
私は、「悪夢のような民主党政権」発言は、全くその通りだと思うが、それを批判する岡田氏を非難するつもりはない。
彼の考えでは、「民主党政権は悪夢だとは思っていない」なのだから正直、そこに執着するのは、人間の感情である。
どちらに理があるか?判断するのは、我々有権者だ。
その為に、メデイアは、両者の議論を切り取らず、正確に伝えればよいだけだ。しかし、次のような憶測ニュースが流された。
自民党内からも、「過去に終わった政権のことを引き合いに自分たちは正しいんだというやり方は危ない」と懸念も声があがっている。
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◆メデイアの憶測
「過去に終わった政権のことを引き合いに・・・」というのは、「経済政策で失敗した」野党が、安倍政権批判をする時によく用いられる言質である。
メデイアは、それを「自民党内からも・・・」と主語をすり替えて論評している。(FNNプライムニュース)
しかも、自民党内の誰が言ったか「発言者名」を、公表していない。
そうである以上、「憶測を期待する」報道でしかない。マスコミ報道は、「事実」を操作しており信ぴょう性に欠ける。
次に、最近のニュースからもう一つ例証する。
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◆韓国国会議長の「陛下に対する暴言」
勿論、韓国の国会議長の発言(今上天皇を「戦争犯罪の主役(昭和天皇)の息子」として「謝れ」という)は、全く許すことが出来ない度を越えた暴言である。
これに関しては、外交上・・・韓国政府に「撤回」「謝罪」を求めるべきであるし、「二度と無礼をしない確約」をとるべく日本政府は強く出るべきだ。
しかし、私は、もう一つ・・・「マスコミのニュース報道」に疑問を感じている。
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◆マスコミは事実だけ報道すればよい!
即ち、マスコミ各社は、「韓国の国会議長が、慰安婦問題を解決するには、日本の天皇陛下が誤ればよい、と発言し波紋を呼んでいる」と報道した。
しかし、私はこの報道に疑問を感じる。
韓国の国会議長は、今上天皇を「天皇陛下」とは発言してはいない。
この報道は嘘であり、「戦争犯罪の主役(昭和天皇)の息子」という部分を隠して報道している。
余りにも無礼で、刺激的なためマスコミが「近隣国に配慮」したのか知れないが、マスコミは、操作せず、事実だけを正確に伝えるべきだ。
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2019年2月11日 (月)

≪読書感想≫『日本国紀』(百田尚樹著・有本香編集)④

◆皇紀2679年(平成30年)の紀元節
当地千葉は、朝から小雪が舞っている。
今日は、平成最後の年の建国記念日(紀元節)である。神武天皇が奈良県の橿原宮で即位してから、2679年(皇紀)が経過する。誠に、おめでたい日である。
だが、『あさチャン』(TBS)の夏目キャスターは、何を憚っているのか?「祝日」で、としか言わない。
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◆「反対」の理由?
歴史学者の網野義彦氏は、次の様に著書(『歴史を考えるヒント』)で「建国記念日の日」に反対していた。
・・・神話の世界のを話をあたかも事実であるかのごとく扱って、いわゆる「紀元節」を戦後に復活させたわけですから、それ(反対)は当然だと思います。
「事実かどうか?」の研究で飯を食っている歴史学者としての網野氏の業績を否定するつもりはない。
だが、「(神話の世界だから)「建国記念日の制定に反対」という主張には、私は違和感しかない。
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◆民族のアイデンテイテイー
百田尚樹著『日本国紀』では、「日本の歴史は神話と結びついているからこそ、格別にユニークなものになっている」と記していて、この考えに、断然私はシンパシーを感じる。
神話というものは、事実かどうか?ではなく、古代の詩歌を含めて民族のアイデンテイーなのである。
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◆錦の御旗
扨て、このブログは、『日本国紀』(百田尚樹・有本香編集)の読書感想だから、そろそろ「まとめ」に入る。
日本史に於いて『核心的課題』である天皇について、幕末の新政府軍と旧幕府軍との戦いを事例に、次の様に記載されている。
260年も政治の表舞台に出ることがなかった「天皇」だったが、その象徴である「錦の御旗」が揚がった途端、臨戦態勢にあった旧幕府軍の武士たちを一瞬のうちに、慄かせたのだ。(鳥羽・伏見の戦い)
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◆歴史問題に関する無知
話は脱線するが、今朝のニュースで、韓国の某大物国会議員は(米国マスコミのインタビューに対して)「天皇が(慰安婦問題で)韓国民に謝罪すれば、日韓問題は解決する」と発言したことが伝えられた。
これは、日本史に於いて『核心的課題』である天皇について、全くの歴史問題に関する無知を曝け出している。
以前の韓国大統領も、「韓国に訪問したけりゃ天皇(彼は「日王」と言った)が謝れ!」と暴言を吐いた。(今日は、めでたい日だから、これで止めておく。)
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◆言霊主義(ことだま)
話を戻すが、百田氏の歴史の捉え方で、興味深いのは「言霊主義」に関する言及である。
言霊主義とは、呪詛を述べれば不幸が襲い掛かかるという信仰である。即ち、「起こって欲しくないこと」は口にしたり議論したりするのを避ける事である。
現在でも、『緊急事態条項(最悪の事態が起こるかも知れないという想定)』を軽視する悪しき政治風土があるとしう。
加えて、原発反対派・推進派が共同で創ったロジックだが、「原発神話」(原発は安全で、災害テロ等予防の必要がない)は、「言霊主義」の一例である。
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◆まとめ
私は、この著書を日本の多くの高校生に読んでほしいと思う。「丸暗記」の歴史ではなく、何より愛情から日本の歴史を見ている。「歴史に学ぶ」とは、そういう事なのである。
日本は昔から地震大国であり、何度も大災害に見舞われている。だが、百田氏曰く、「忍耐強さ、互いに助け合う心、過去を振り返らない強さ、諦めのよさ・・・これらは日本人の精神である」
そろそろ「まとめ」に入るが、この本を読んで、何か、久しぶりに肉親と会えたような温かいそう清々しい気持になった。
それ故、この本及び、著者・百田氏、編集者・有本氏に、「感謝」を伝えてまとめにする。
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2019年2月10日 (日)

≪読書感想≫『日本国紀』(百田尚樹著・有本香編集)③

◆戦争と平和
少し脱線するが、戦争と平和というものについて考えてみる。福田恆存の著書に次の様に記されている。
「広島から世界に平和を」という思いあがった気持ちは一体何か?そんな事は決してありえない。平和というのは戦争がないということに過ぎない。
その通りで、戦争が悪で、平和が善などと云う考えには、意味がない。敢えて言うならば、平和な時代に、何をすべきか?を問う事こそ大切なのである。
平和な時代にこそ、国を強固にし、戦いに備える事こそが為政者に問われる。
☆……☆……☆……☆
◆専守防衛の戦い
従って、「戦争はやってはいけない」と現代人が、百回唱えようと、戦争は避けられない事もある。
二度目の元寇(1281弘安の役)に備えて、時の鎌倉幕府が蒙古・高麗連合軍の上陸に備えて、博多の海岸線に土塁を築き、御家人だけでなく、非御家人にも出勤を命じた。
この戦いは、現代風に言うならば専守防衛の戦いであり、武士団は勇猛に戦い、蒙古軍を撃退した。
戦争の善悪を問う以前に、(戦争の無い)平和の時代にこそ、有事に備える事が教訓と成るべきである。
☆……☆……☆……☆
◆戦争(戦乱)とは何か?
再び脱線するが、小林秀雄の著書に、室町時代に流行した能楽についての記述があり、その後に続けて、次の様に記されている。

室町時代という、現世の無常と信仰の永遠とを聊かも疑わなかったあの健全な時代を、史家は乱世と呼んで安心している。

尚、日本人の美意識である「わび」(詫び)、「さび」(寂び)が形成されたのは、室町時代である。

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◆武士の誕生

平安末期、「貴人に從う」を意味する「さぶらふ」(侍ふ)に由来した武士団(用心棒)が誕生する。雅を愛する平安貴族たちは「戦」のような野蛮なものを「穢れ」として忌嫌い、「戦」は武士団に任せた。
軍事力を背景に、台頭した武士団は、天皇の血筋であることを誇り(これは、日本的な特徴であるが)にして、源平の国内戦争へと続く。
筆者は、特筆すべき事としてこの戦は、「武士のみで行われた」「一般民衆はまったく巻き添えになっていない」という事実である。
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聖徳太子の偉業
聖徳太子は、日本を代表する偉人である。
前述したように、強大な随王朝に対して屈することなく、「東の天皇つつしみて、西の皇帝にもうす」と、対等の立場で対峙した。
さらに聖徳太子は十七条の憲法を制定したが、その「第一条(原文では、一に曰くとある)」には、「和を以って尊しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」とある。著者は、その先進性を絶賛しているが同感である。
☆……☆……☆……☆
◆歴史学者による意味のない批判
著者は、「生前は厩戸皇子と呼ばれていた」と記した上で、「学校の教科書では厩戸王と表記しようという風潮」を、「生前の名前の表記を正しいとするなら、現在、諡号で表記している歴代天皇もすべてそうしなければならなくなる」と批判している。

神武天皇は存在しないという(神話は科学的ではないという)批判と同じく、意味のない批判である。

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歴史を愛する者にしか歴史は美しくあるまい
これらの事は、小林秀雄の表現を借りるならば、次のようになる。
・・・子規の思いは、誰の胸中にも湧くのある。恐らく歴史は、僕らのそういう想いの中にしか生きてはいまい。歴史を愛する者にしか歴史は美しくあるまいから。
(中略)僕等は、因果の世界(※必然)から、意味の世界へと飛び移る。
百済から、学問と宗教とが渡来した時の日本人の驚き、そんなものを私達はもう想像する事も出来ないのだが、考えてみれば歴史というものは何処も彼処も、そんな事だらけである。・・・
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2019年2月 9日 (土)

≪読書感想≫『日本国紀』(百田尚樹著・有本香編集)②

◆倭(wa)とは?
1世紀ころの漢書『地理志』には次の記述がある。これは我が国に関する最も古い記述である。
楽浪海中に倭人あり、分かれて百余国となり歳時をもって来たり献見すという。
倭(わ=wa)というのは、「辺鄙な」「未開」という意味で」、侮蔑的な呼称であるため、7世紀には「わ」を「和」と改め、後に「大和」と記すようになる。
当然の事ながら・・・日本国の自尊心を示す内容である。
☆……☆……☆……☆
◆日本人の性格や日本社会の特徴
『魏志倭人伝」には、日本人の性格や日本社会の特徴についての記述もある。
・風俗は乱れていない、・盗みはしない、・争いごとは少ない
これを筆者は、「心から嬉しく思う」と記している。戦前の皇国史観への反動と朝鮮人に対する贖罪意識から、戦後、イデオロギー、情緒で、日本歴史を見る風潮に慣れてしまった我々団塊の世代にとっては、清々しい
☆……☆……☆……☆
◆万物に霊魂が宿る(アニミズム思想)
数年前、宇宙人と言われた日本の総理大臣・鳩山由紀夫が、「東アジア共同体」構想を夢想していた事があった。
鳩山氏の脳裏には、同じ文化を持つ中国・朝鮮・日本が一つになろうというものだが、日本と中国・朝鮮との文化は全く違う。
日本は縄文時代から「生物・無生物に限らず万物に霊魂が宿る」というアニミズム思想(信仰)を持っていて、その思想(信仰)は、新嘗祭(宮中祭祀)として現代に伝わっている。
☆……☆……☆……☆
◆万世一系と易姓革命
韓国・朝鮮は、明らかに中華文化圏の中に(周辺属国として)に属している。
しかし、日本は中国から見ても、「東夷」であり、「中華文化圏」の圏外(東夷・北狄・西戎・南蛮)である。
ハンチントン『文明の衝突』でも、日本は独自の文化圏を形成している。何れにせよ鳩山構想には、ノスタルジーだが、無理がある。
百田尚樹氏は、易姓革命(天が前王朝を見限った時、新たな王朝が生まれる)の中国・朝鮮と、我が国の「万世一系」とは根本的に異なる事を、示唆している。
「万世一系」は、我が国は世界に誇るべき国体である。
☆……☆……☆……☆
◆自尊独立の気概を示した偉人・聖徳太子
日本の偉人を挙げよ!と言われれば、私は真っ先に聖徳太子を挙げる。
随の煬帝に送った書簡には、次の様にある。
日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや。
これに、煬帝は怒ったが、日本を敵に回せば高句麗と手を結ぶかも知れないと考え、武力征伐する事は無かった
その後、日本の天子を「王」と書くと、自ら冊封を認めることになるので、聖徳太子は「天皇」という言葉を用いる事で、中国の「皇帝」と対等である事を示したのである。
☆……☆……☆……☆
◆百田氏の史観?
「天皇」という言葉には、日本がどこにも従属しない独立不羈(ふき)の国であるという精神が込められている。と、百田氏は述べている。
ここに、百田氏の「日本の歴史」と真正面から向き合う精神(百田氏の史観)がある。
日本史を見る場合、どうしても「天皇」の存在を避けて通ることが出来ない。それを、「皇国史観」という呼ぶのであれば、そうなのだろう。
所謂、「唯物史観」(歴史には客観的な法則がある、必然的に、革命を引き起こし、共産主義に移行する)という偏ったイデオロギーからは、日本史を正しく見るることはできない。
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2019年2月 8日 (金)

≪読書感想≫『日本国紀』(百田尚樹著・有本香編集)①

◆心が幸せな気持ち
兎に角、この本は面白い。
面白いばかりか、読み終えた後には幸せな気持ちになる。何と言ったら良いんだろう?私の心が幸せな気持ちで充足される。
『日本国紀』は、日本の歴史について記されていて、簡潔で、読みやすく編集されている。
☆……☆……☆……☆
◆著者の「日本国愛」「日本人愛」
それは無味乾燥な「史料」の羅列ではなく、著者の湧き出るような「日本国愛」「日本人愛」が、描かれている。
例えば、次の記述である。
「縄文人たちは、その暮らしの中で美しいもの(網目模様の土器)を求める心を持っている」「平均寿命15歳(乳幼児死亡が多いため)の時代に」「縄文時代の女性が命懸けで産み育てた子供たちの(我々は)末裔である」ことに、著者は「・・・私は胸が熱くなる・・・」と吐露している。
☆……☆……☆……☆
◆歴史は主観的である
言葉はもとより主観的なものである。そうであるべきだ。
歴史学を、社会科学即ち「科学」という捉え方は間違いである。「科学」であるならば、対象を客観化し「法則」があるが、そんなものは歴史という人の「主観」にはない。
日本古代の歴史書である記紀、就中、日本書紀は、大和朝廷による日本人の為の歴史書であるからそれ自体が「主観」であって当然である。
従って、文字の残される歴史は優れて主観的といえるのである。
☆……☆……☆……☆
◆分からない事が「歴史」にある
「歴史」は、既に存在してしまったものである。
だが、その事象全てを描くとなれば図書館の書棚全てでも足りないし、そんな事は何の意味もない。又、不可能だ。
その事象の何倍も多いハッキリしていない事、分からない事が「歴史」にはある。特に、神話の時代には多いし、辻褄の合わないことがある。
☆……☆……☆……☆
◆分からない事は、分からないと云う
厳密な文字による記録が、残っていない古代史においては、分からない事、辻褄の合わないことがある。
しかし、だからと言って、嘘・捏造は良くない。これは、「プロパガンダ」であったり、「ファンタジー」であたりするが、主観的であることと次元が違う。
著者は、「分からない事は、分からない」と云っており、謙虚で好感が持てる。
また、著者の学説(仮説)については、その根拠を示して、論述している。
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2019年2月 7日 (木)

彼女たち(辻元・山尾・蓮舫)には、凡そ恥の概念が無い

◆韓国人から献金(これは氷山の一角)
巷間のニュースによれば、辻元清美議員が、又何か?やらかしたようだ。
韓国人から政治献金を受けていた事が発覚したという事であるが、これは辻元の罪悪からすれば氷山の一角に過ぎない。
☆……☆……☆……☆
◆ドヤ顔辻元
辻元は、立憲民主党国対委員長の要職にあって、度々「ドヤ顔」をメデイアに晒す現職の国会議員である。
だが、この「違法献金」が発覚して直ちに「返金しました」「知らなかった」と平然としている。
☆……☆……☆……☆
◆辻元は「初犯」ではない
確かに、金額が1万円と少ないので、「初犯」の場合は、本来許されて良い。
だが、彼女は同様の事件で自民党の場合は、大声で執拗に糾弾し、「説明責任を果たしていない」と迫る。
鬼の首でもとったかのように。
☆……☆……☆……☆
◆辻元・山尾・蓮舫に恥の概念がない!
外国人からの献金は違法だから、「説明責任が問われる」のは尤もな事である。
だが、自分の場合は、スルーしてしまう。
この姿を見ると、辻元議員には凡そ恥の概念がないのではないか?
山尾、蓮舫にもまた恥の概念がない。
馬鹿馬鹿しいので、今日は此の辺にする!
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2019年2月 6日 (水)

小野寺五典先生の歴史的名言「韓国を丁寧に無視し、国際世論に訴えろ」

衆参予算委員会が開催されている。
私の主観だが、与野党含めて、小野寺五典議員(自民党)の質疑が建設的で中味の濃い議論だった。
☆……☆……☆……☆
それは、外交防衛問題、就中、「危険な韓国い」について岩屋防衛大臣との質疑であった。
小野寺五典議員は、韓国のウソを冷静に説明し、更に今後について、次の様に締めくくった。
☆……☆……☆……☆
韓国を丁寧に無視し、
国際世論に訴えろ!
(この言葉に尽きる。これは、正に「韓国」「韓国人」「日韓の歴史」を熟知した小野寺先生の歴史的名言である。)
☆……☆……☆……☆
他の議員は、厚労省の「統計ミス」にばかり質問が集中していた。
云うまでもなく、「統計ミス」は、官僚の不祥事であり、「あってはならない事」であることは間違いない。
☆……☆……☆……☆
だが、全ての質問者が「統計ミス」に質問を集中させる程の重要課題ではない。
各党ともに、一人か二人、代表して質疑すれば十分である。
「ミス」である以上、「訂正」すれば良いだけである。
野党は、何やら過去の「消えた年金」の再来を狙っているのか?安倍政権批判に繫げているが、無理がある。
そんな中、小野寺先生の歴史的名言が、印象的だった。
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2019年2月 4日 (月)

凶暴化する韓国、今や、日本国民の多くは、冷静であり、韓国を許していない

◆小野寺五典議員
衆院予算委員会の最中である。
小野寺議員(自民党)が、格調高い質疑を行っていた。
心から同意する。
☆……☆……☆……☆
◆事実をねつ造した韓国
戦後70数年、韓国が「極東の歴史問題」でご都合主義に事実をねつ造して日本を批判し続けて来た。
しかし、日本の外務省も、マスコミも毅然として反論しなかった。
☆……☆……☆……☆
◆全く酷い
その結果、文政権になって、全く酷い日韓合意・国際法を無視した反日攻勢が続いている。
振り返れば、内閣総理大臣の靖国参拝があった。教科書問題があった。
これは、日本国内の問題であり、日本の有権者がその是非を判断すれば良いことである。
☆……☆……☆……☆
◆万国共通の善行
英霊の御霊に感謝の誠を捧げるのは、恐らく(韓国も含めて)万国共通の善行であり、日本国民としても当然の事である。
況や内閣総理大臣は、国のリーダーとして善行を示すべきである。
☆……☆……☆……☆
◆「日本は加害者」という認識
ところが、中韓による内政干渉の結果、総理大臣自ら善行を止めてしまった。
その言い訳が酷かった。
「私はね」「相手(中韓)が嫌がること(靖国参拝)をしないんです」(福田総理)
驚くべきことに・・・他国から難癖付けられるのに、福田総理は「日本が参拝で嫌がらせをしている=日本が加害者」という認識である。
☆……☆……☆……☆
◆国民の多くは、冷静であり、韓国を許していない
反日マスコミは、日本政府・国民に対して「冷静なれ」と意見を垂れているだけ。
その結果、韓国においても、益々反日の言動は凶暴化し、自制が効かなくなってしまった。
今や、日本国民の多くは、冷静であり、韓国を許していない。
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